総合プロブレム方式の実際 - プロブレムリストを作ろう その2
総合プロブレム方式の実際
H先生、今日のカンファレンスでは君のカルテを取り上げる。最初に基礎資料を簡略に述べる。
<症例>M.O 65才 男 既往歴:前立腺肥大症手術
<基礎資料>
生来健康。三週前から起居時に腰全体がキヤキヤと痛む。いたみは増強、農作業を中止。一週前から口渇が出現し夜も枕元にお茶を用意した。けだるく食欲も落ち、元来の便秘もひどくなった。
最近微熱(37度代)があり某院を受診し腎臓が悪いと言われて点滴を受けていた。
体温36.6度 血圧148ー99 脈拍68整 皮膚乾燥 眼・口腔・頚正常 心臓正常雑音なし 左下肺crackle
腹部正常 腱反射瀰漫性に亢進 病的反射なし 脳神経正常 脊椎正常
U/A:UP2+ S- OB+- SG1020 pH6.5 CBC:Hb11.8 WBC:8800(b0.9 e0.3 n65.8 ly26.6 mo6.4) Plt:129 Che:TP10.9(Alb:3.77 α1:0.21 α2:0.65 β:5.86 γ:0.4) ALP:153 GPT:11 LDH:552 CPK:19 Na141 K:3.9 Cl:93 Ca:15.8 IP:4.5 UA:10.3 BUN:25 CRN:1.8 Ser:ESR101/104 ChestXP:np EKG:WNL
この基礎資料で君がつくったリストはこうだ。
#a 腰痛症
#b 蛋白尿
#c 高カルシウム血症
#d 高窒素血症
同じ資料からつくる、ぼくのリストはこうだ。
#1 腰痛症
#2 高蛋白血症
#3 高カルシウム血症
#4 高窒素血症
ぼくは暫定的プロブレムは要らない。すべて正式プロブレムだ。少しく説明しよう。
#1 腰痛症
農作業に従事してきた元気な人の経験したことのない腰痛だ。急発症したわけではない漸増する腰痛。夜間や体位で増悪するわけではない。神経系検査でも異常所見はない。筋肉や軟部組織の疼痛か骨痛か? 他のプロブレムから、この腰痛症は展開可能だ。
#2 高蛋白血症
君はこれをとりあげなかった。だが、これこそ中枢のプロブレムだ。TP10.9は65才でなくても異常に高い。尿の比重は1025と多少は高比重だが、NaやHbをみても濃縮して高蛋白血症になっているわけではない。セルロースアセテート膜の分画数値を見ると、つよい低γグロブリン血症で、βグロブリンが多いことがわかる。そして血沈が異常に高い。泳動の図パターンを見れば、きっとM蛋白がβグロブリン領域に重なってあって、見かけ上βグロブリン高値γグロブリン低値になっているに違いない。その泳動領域にあるM蛋白はIgAだ。
plasma cell dyscrasiaは疑うところではない。#1を来たし、いまや#3までも惹起した。多発性骨髄腫に決まっている。確定診断は骨髄穿刺検査。
#3 高カルシウム血症
高カルシウム正リンだ。#4があるから本来は低リンかもしれないことは念頭するとしても、高窒素血症の程度はさほどには強くない。一義的な高カルシウム血症つまりは副甲状腺ホルモン過剰症を考えることはない。#2による骨の脱失だ。口渇は高カルシウム血症がもたらした多尿による。さいわい多飲することによって脱水は尿比重1025程度で免れている。#2という進行性悪性疾患によって、一週程前から急性にはじまり増悪しつつあると考えられ、#4をいまや引き起こしはじめている高カルシウム血症はmedical emergencyだ。
#4 高窒素血症
CRNとともにUAも高い。年齢からすれば、以前から腎臓硬化症の軽微な腎不全症があったかもしれない。蛋白尿2+は、それにしては多すぎる。かといって高血圧も不在だから、慢性腎炎があるとも言いにくい。#3の脱水で血圧は低下ぎみとなっていることもあり得はするが、胸部写真や心電図所見は長年の高血圧をしりぞける。#2のいわゆるmyeloma kidney か#3のhypercalcemic nephropathyのどちらかが腎病変だろう。#3の急峻さと程度もみると後者と推測する。
上の検討からプロブレムリストは、いきなり次のようにつくってもよいが、旬日をまたずしてたやすく確定的になるから、いまのままにとどめおく。
#1 腰痛症→#2
#2 高蛋白血症→多発性骨髄腫
#3 高カルシウム血症→高カルシウム血症(#2)
#4 高窒素血症→高窒素血症(#3)
さて、H先生、患者の事態を病態生理学的に理解することが肝要だと分かってくれただろう。それが迅速的確な道だ。勉強の目標もはっきりするだろう。
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