第43回臨床病理検討会



第43回内科学研鑽会臨床病理検討会
日時2001年12月7日(金)午後7時
場所名古屋大学医学部付属病院内鶴友会館2
症例原因不明の意識障害発作を繰り返し、脳炎様病態で死にいたったアルコール多飲者
司会村山正憲医師(県立岐阜病院 総合内科)


症例呈示

症 例: 48歳男性 婦人靴卸業
主 訴: 意識混濁、歩行不能
既往歴: 3歳 赤痢 5-6年前の健診では異常なし
家族歴: 父:50代で脳萎縮?で死亡 姉:高脂血症
嗜好歴: アルコール10代後半~平成12年ビール大瓶2本/日+宴会時多量
     たばこ40本×27年

現病歴:
 平成12年に糖尿病・高脂血症と診断され、食事療法によりコントロール良好だった。
 平成12年6月より数ヶ月に1回発作が起こる。普段は朝自ら目覚めるが、発作の日は9時になっても妻が目を覚まさせないと起きない。起きてもぼーっとして、会話は成り立つが酔っぱらったようにふざけてしゃべる。これが徐々に消失し完全に元の自分を取り戻すのに1~3日間かかり、この間のことは全く覚えていない。その度に入院し数日で自然に回復。精査(MRI・MRA・EEG)されるも異常は見つからなかった。
 平成12年10月、当院精神科にて睡眠時無呼吸の精査され、アルコール摂取時に8回/時の無呼吸があるが、摂取しないときは無呼吸なく酒を控えるように指導されていた。
 平成12年11月、同様の発作にて当科初診。発作前夜に大量飲酒があることから、ウィルニッケ脳症・アルコールせん妄を疑い、断酒を指導した。12月再び発作。飲酒なく起こったため神経内科に精査入院。 MRI・EEG・ビタミンBl・B12をチェックされるが確定診断つかず。
平成13年は3、4、5月に1度ずつ発作があったがその後はなかった。7月11日、前日まで全く変わりなかったが再び発作あり。軽快せず当院へ入院。

入院時身体所見:
血圧116/74mmHg・脈拍70回/分整・体温35.4℃・呼吸25回/分。胸部;呼吸音 両背側下肺に粗いクラックル・打診 両第8肋骨以下濁・心音正。四肢浮腫なし。意識JCS-2 酪訂様・瞳孔 正円同大 対光反射異常なし・眼球運動正・眼振なし・顔面神経麻痩なし・舌偏位攣縮なし・知覚評価できず・運動 明かな筋力低下 筋トーヌスの異常なし・ロンベルグ試験陰性・歩行 足を広げて酪訂様・腱反射左右差なし・項部硬直なし。

入院時検査所見:
WBC 6400 Hb 14.5 Ht 43.5 Plt 17.8×10*4 CRP O.2 Glu 136 GOT 20 GPT 11 LDH 251 ALP 174 CK 37 Na 141 K 3.9 Cl 1O6 Ca 4.7 P 2.4(2.9-4.5) Mg 1.8(1.6-2.1) ビタミンB1 7.8(2.0-7.2) ビタミンB2 25.6(11.9-20.4)
ABG(room air):PH 7.377 pCO2 46.9 pO2 54.2 HCO3 26.7 B.E 1.3 Sat 89%
CXR:両下肺に小粒状影。ECG: W.N.L。

入院後経過:
  いつもの発作でアルコール摂取が疑われたため、エタノール血中濃度を測定し軽快するまで入院観察としたが、後日血中アルコール濃度は検出感度以下とわかった。低酸素血症と胸部異常影については誤嚥を疑い酸素を投与した。
  入院日夜、意識JCS-300、下顎呼吸となり挿管。血圧180/116、脈拍150/分まで上昇、発汗著明。瞳孔2mm、左右正円同大時に両側ピンポイントに縮瞳、角膜反射陰性、OCR陰性、四肢弛緩、腱反射低下、バビンスキ反射 両側陰性。WBC 32,500、 CRP 1.1、 Hb 18.6。頭部CTにて脳全体的に浮腫状(図1)。胸部CTにて両下肺野に浸潤影・中~上肺野に網状影。
  12日よりMinocycline O.1g/日・Clindamycin 2.4g/日を開始。その後ショック状態となりHb 20.3。心エコー;心機能問題なく各室虚脱気味。大量輸液とカテコラミンにて血圧は回復した。気管支鏡;誤嚥の所見なし。異型肺炎を強力にカバーするために、エリスロマイシン 1.5g/日、イミペネム 1g/日に変更。
  13日、頭部CT施行(図2):右側頭葉にmild midline shiftを来す腫瘤様の病変。ヘルペス脳炎あるいは細菌性髄膜炎を考慮して、アシクロビル1g/日・セフォタキシム2g/日(14日から4g)・アンピシリン9g/日開始し、エリスロマイシン以外を中止した。尿中レジオネラ抗原陰性、サイトメガロアンチゲネミア陰性、アスペルギルス抗原陰性。
気管支洗浄液:培養Neisseria species 1+・Streptococcusα-haemolyticus 3+・legionella pneiumophila-・真菌-・結核菌PCR-・抗酸菌染色-・細胞診 腫瘍細胞なし。 EEG;全体に抑制され右>左のslow waveが時に見られる。
  14日、Vital signs安定しカテコラミン中止。それまでは脳幹反射消失し四肢も弛緩していたが、OCRが出現し下肢の不随意運動が見られ始めた。
  16日、脳CT:脳の浮腫は不変。CXR:両側胸水著明で肺門を中心とする浸潤影。 17日、呼びかけに開眼、ある程度の指示に従える。18日に抜管。意識GCS E4 V5 M6、JCS 1-1。右上下肢麻庫なし。左上下肢完全麻痺。脳MRI(図3、図4):右半球の皮質広範および左半球前頭葉、後頭葉の境界領域中心に拡散強調で高信号、ADCmap(apparent diffusion co-efficient map)では脳梁膨大、右頭頂葉付近のみでADC低下。広範な灰白質を中心とした脳障害が示唆されたが、疾患特異的な所見はなかった。
  17日より断続的に38度台の発熱あったが、19日右内頚静脈CVカテーテル抜去し、21日より解熱傾向。全身状態、神経学的所見も改善傾向。左半身麻痺は残る。幼稚な発言は目立つが見当識、記憶はある程度回復し、冗談を言って笑うほどになった。腱反射は左半身で克進ぎみ、バビンスキ反射は両側陰性。
  23日頭部CT;脳の浮腫ほぼ消失・右前頭葉にLDA。24日腰椎穿刺;細胞数・蛋白ともに正常・単純ヘルペスPCR-。この間、IVHにて栄養管理していたが、25日より飲水少量開始。抗生剤は26日で全て中止した。水様便が何日も持続しclostridium difficile toxinは陰性であったが25日よりバンコマイシン1.5g 3×内服開始。便培養;MRSA+・yeast like bodv +。
  27日未明、悪寒戦慄、血圧脈拍、体温上昇。そのうちに意識消失、呼吸抑制出現、挿管。間もなくしてショック状態に。バンコマイシン2g/日経静脈投与開始。この時の脳CTに著変なし(図5)。午前中に2度EMD(electromechanical dissociation)となる。脈拍再開。しかし、大量のカテコラミン、輸液投与にも関わらず血圧上昇せず、28日、2:46死亡。このときの血液培養;Bacillus spp.・Candidaが陽性。死後の髄液;細胞数9/3・蛋白80mg/dl・糖<1mg/dl・培養陰性。

図1.JPG
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症例への質問への回答:
Dr.徳山(名古屋大学医学部付属病院総合診療部):
  入院時血液培養は陰性。歯槽膿漏を認めた。7月12日気管支鏡施行したが所見はなし。右B5に膿性痰がありBALを施行。グラム染色で白血球がぱらぱら以外細菌なし。吃逆も同時期にあった。12日Hb 20のとき脱血施行。同日methylpredonine 250mg 1回静注。CRPは13日15.0がピーク。15日から17日は徐脈候向。16日胸水穿刺:蛋白2.5g/dl 糖22mg/dl細胞は好中球優位。17日血培陰性、痰培陰性。20日からの下痢は水様性でかなり頑固。21日から乾性咳。23日痰培はMRSA陽性。27日血培にてセレウス菌とcandida albirata検出。GOT,LDH,ALPは16日から徐々に上昇し27日がピーク。CPKは14日1700に上がり23日には正常化し再度27日には3105まで上昇した。腎機能、電解質は常に正常。血糖値はIVH中200前後。最後だけ29。

主討論

Dr.河合(佐藤病院内科 平成8年卒):

プロブレムリスト
#1 糖尿病
#2 高脂血症
#3 再発性意識障害→再発性ヘルペス脳髄膜炎
#4 睡眠時無呼吸症候群
#5 急性びまん性肺臓症→急性肺水腫(肺血管透過性先進に伴う)
#6 急性進行性脳症→#3へ移行
#7 乏血症性ショック→乏血症性ショック(#3)→治癒
#8 MRSA腸炎
#9 敗血症(Bacillus属、Candida属)
#10 ショック


#3:
  この患者は、約1年間に及ぶ慢性再発性の意識状態の変化を示している。発熱、酒、薬などは、もともとある微細なconfusion(意識障害)を増強させうる。他の要因による潜在性意識障害がアルコールにより顕在化したのか、それとも純粋にアルコールによるせん妾かは、はっきりしない。ただ平成12年12月の発作は、アルコール摂取なく起こっていることからは、他の要因による潜在性の意識障害があると考えるべきか。非発作時には仕事ができ、髄液所見も正常となる再発性疾患(脳髄膜炎)を考慮すべきである。

#6:
  入院後の変化は、それまでの意識障害と同一の機序またはその二次的なものなのか、あるいは偶発症なのかを考える。偶発的に起こった突然発症として考えた場合、昏睡の突然発症は、薬物中毒、脳出血、外傷、心停止、てんかん、または脳底動脈塞栓を考える。脳幹症状があることから、橋出血・梗塞も疑わせるが、経過は急速進行性であるが、その後左半身麻痺以外ほぼ短期間に改善していることから否定する。また薬物、外傷、心停止、てんかんによるものも前述通り否定する。以上からは、入院時の意識障害は突然発症するものではなく徐々に進行したものと考えた。本症例では画像所見はびまん性皮質障害であり、herpes simplex encephalitisは、鑑別に残る。入院前の再発性意識障害も含め再発性脳髄膜炎の範疇の病気、ヘルペス脳髄膜炎を考える。
  免疫適格者で起こるのは、HSV-1,VZVまれにenteroviruses。14日にはOCR出現しその後改善してきていることからは、今までと同様自然に寛解したか、もしくは抗菌剤・抗ウイルス剤の効果があったということか?24日の髄液検査では、細胞数・蛋白ともに正常・単純ヘルペスPCR陰性である。髄液中の単純ヘルペスPCR法はHSV脳炎では、感度~98%、特異度~94%で、脳生検と等しい。~  しかし13日にアシクロビルを開始して12日間経過している.抗ウイルス治療開始後1週間までは髄液中ウイルスPCR法結果には影響しないが、8~14日間では50%以下、15日間では21%以下となる。以上から本症例もPCR陰性のみで除外はできない。

病理報告        

名古屋大学病理部 伊藤雅文医師:
剖検(現在ひきつづき検索中で最終報告ではない)
脳:重量1480g若干浮腫状、脳溝は浅くとくに右前頭葉は浮腫が強い。脳底動脈の動脈硬化は軽度。皮質を中心として、境界不明瞭な褐色調が強い陳旧性の出血を伴う散在性多巣性病変が認められる。白質は正常。小脳は正常。脳幹にも病変なし。皮質浅膚から深層にかけて単核細胞浸潤を認める。脳炎といえる。グラム陰性ヒメネス陽性短桿菌がマクロファージの細胞質内に見られた。ヒメネス染色ではレジオネラの他にヘリコバクターピロリ菌など螺旋桿菌属はすべて陽性になるので菌種の同定はできない。現在この組織を使いPCR法でレジオネラの遺伝子解析中である。
腸腰筋:亜慢性型の感染性肉芽腫性病変が他の臓器にも認められる。おそらく2週間程度経過したマクロファージ主体のリンパ球浸潤の多少あるような陳旧化した膿瘍の病変がある。
膵臓:小さな脂肪壊死巣がある。背景に小葉間を分断する繊維化が認められる。かなりの飲酒量だったと推定できる。これはアルコール性慢性膵病変である。中心部壊死を伴って周囲に類上皮細胞が取り囲むリンパ球主体の肉芽腫性病変がある。時期は脳、骨格筋と同じものである。マクロファージの増生が強い。ヒメネス染色陽性桿菌を認める。マクロファージの細胞質内にあり細胞質内寄生体細菌である。
肝臓:外表面からみると肝硬変ではない。割面では黄白色の病変が斑状に散在し、組織的には中心静脈中心に肝細胞が落ちていく定型的なショック肝の像である。
肺:マクロでは限局性病変はない。ミクロでも鬱血水腫が強い。一部血管内血栓がある。限局的に肺胞壁が肥厚して虚脱した部に出血も加わりへモジデリンを貪食したマクロファージが認められる。これは約2週間前に起こったDAD(び慢性肺胞障害)である。ヒメネス染色すると肺胞内のマクロファージの細胞質内に貪食された陽性短桿菌が見られる。炎症細胞浸潤を伴い一部はフィブリン様の血栓を伴うようなendoarteritisパターンを持つ肺動脈病変の所見がある。一元的に考えるなら敗血症性変化があったと考えられる。血管内にもヒメネス陽性菌がある。

敗血症が主体である。部分像として、グラム陰性ヒメネス陽性桿菌による皮質性脳炎である。この脳炎が臨床上問題になった慢性再発性意識障害をおこしたとは考えにくい。つまり脳炎は一相の病変でありおそらく二週間程度のものであり他の臓器にも同じ時期におこり骨格筋、膵臓に見られる。敗血症化したあとの病変が肺、肝臓に見られる。二週間前におこったショックの変化の名残が認められる。細胞質内寄生性桿菌でグラム陰性ヒメネス陽性菌であり候補としてレジオネラがある。それ以外は人では少ないがねずみではリステリアが考えられる。リステリア脳炎は稀である。このような細菌はみたことがない。あとは今検索中である。

総合討論

Dr.徳山:レジオネラでは心臓に病変があることが多いがこの症例では?
Dr.伊藤:心臓病変はなかった。
Dr.徳山:レジオネラの種類は40~50ある。L.pneumophiliaとして15種類(0タイプとして)ある。尿中抗原はこの0タイプの1型しか反応しない。感度としてはハリソンによると60%。
Dr.栗本(県立岐阜病院総合内科):脳幹の病変はなかったか?呼吸抑制があって多汗があり頻脈があるにもかかわらず縮瞳があった。自律神経の反応がぎくしゃくしているように思う。脳幹に限局性病変が散在していたのかとも思った。また、細胞内寄生体菌というと腸チフスとかブルセラは?
Dr.伊藤:脳幹には病変がない。あとの質問についてはわからない。胆嚢は異常なかった。感染症として特殊な菌種を考えなければならない。候補のものが絞れれば詰める手段はあると思う。レジオネラであれば、タイプは同定できなくてもPCRでわかると思う。リステリアは人では劇症タイプはおこさない。チフスは似たような性格の病変だが、ここには脾腫がなく腸管感染病巣がないため考えにくい。しかもあまり見たことがない。

内科学研鑽会のプロブレムリスト

#1 糖尿病
#2 高脂血症
#3 発作性昏迷症
#4 急性びまん性肺臓症→急性びまん性肺胞障害(#9)
#5 急速進行性脳症→急性脳炎(#9)
#6 乏血性ショック症候群→治癒
#7 下痢症
#8 敗血症性ショック症候群(セレウス菌)
#9 ヒメネス陽性細胞内寄生菌性敗血症

添付ファイル: file図5.JPG 522件 [詳細] file図4.JPG 469件 [詳細] file図3.JPG 499件 [詳細] file図2.JPG 546件 [詳細] file図1.JPG 530件 [詳細]

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Last-modified: 2009-01-06 (火) 20:00:42 (4228d)