第 57回内科学研鑽会臨床病理検討会/症例
日時:平成 18年9月9日(土)午後3時から
場所:名古屋大学付属病院 鶴友会館2階大会議室
症例:漸増する高ALP血症を呈した46歳女性
司会:岐阜大学医学部附属病院 総合診療部 森田浩之医師
主討論者:愛知県厚生連 海南病院 総合内科 小田切拓也医師(平成 14年卒)
【患者】 46 歳 女性 保険会社勤務(損害保険営業職)
【社会生活歴】独身。両親、兄の家族と 8 人暮らし。酒、喫煙歴なし。
【既往歴】なし。
【家族歴】父に心筋梗塞。誤嚥性肺炎のため胃瘻造設状態、長期臥床。
【主訴】だるい
【現病歴】平成 16 年春、腰痛のため整形外科受診。MRI 検査にて椎間板ヘルニアと言われた。このとき撮った MR にて右の卵巣が腫れていることを教えられた。同年秋婦人科受診。右の卵巣が 3.8 cm と大きいが腫瘍マーカーは陰性で 3 ヵ月後、受診するように言われた。月経不順なし。下腹部痛なし。
同年 10 月下旬会社の検診を受ける。結果が暮れごろ判明し、肝機能異常だと知らされた。検診は毎年受けているが、今回初めて指摘された。12 月中旬風邪のため近医受診。このとき B 型肝炎、C 型肝炎でもないと言われた。とくに体調異常なし。熱にも気づかない。
平成 17 年 1 月婦人科再診。卵巣はむしろ小さくなっているので心配なし、と言われ半年後来院するように言われた。1月下旬近医にて再度採血し軽快しないため、2 月近医から当院消化器科紹介された。当院消化器科にて上腹部 CT 検査(供覧)を受け異常ないと言われた。年末から軽い咳と左の胸からわき腹にかけての軽い痛みは続いていた。近医にて気管支拡張剤が処方されて症状は軽快していた。 3 月に入り夕方になると疲れて何もしたくない。入浴もしたくないため、朝風呂に入っていた。近医にて定期採血していたが、よくならないと言われた。4 月 13 日当院内科に再紹介された。下痢、腹痛、吐き気、月経異常なし。体重は 45 kg で一年前と比べ 4〜5kg 減った。
【過去の資料】(平成 11 年 9 月 3 日会社健康診断)
身長 153.5 cm、体重 47 kg、尿蛋白 (-) 尿潜血 (+)、GOT 15 GPT 11 ALP 83IU/l (N65~240) γ GTP 21、WBC 4900 RBC 425 万 血小板 19.9 万
( 近医での検査所見 )
項目 | 基準値 | H16/12/16 | H17/1/29 | H17/4/4 |
WBC | 36~92 | 97 | 75 | 70 |
RBC | 380~500 | 399 | 413 | 360 |
Hb | 11.2~14.7 | 11.3 | 11.0 | 9.3 |
血小板 | 14.0~35.0 | 34.8 | 41.4 | 41.5 |
GOT | 10~40 | 63 | 50 | 54 |
GPT | 6~40 | 69 | 52 | 89 |
ALP | 100~350 | 545 | 917 | 1123 |
CHO | 130~219 | 113 | 117 | 103 |
CRP | | 3+ | 3+ | 4+ |
H17/1/29 α FP (-) HBs抗原 (-) HCV 抗体 (-) 。
【初診時身体所見】
身長 163 cm、体重 45 kg、血圧 130/70、脈拍 80/分整、体温 37.5 ℃
甲状腺腫大なし。頚部リンパ節不触。中咽頭、口腔内異常なし。皮疹なし。
心音正、心雑音なし。呼吸音正、ラ音なし。左第 8 肋骨前腋窩線上骨叩打痛あり。
腹部:肝脾腫大なし。圧痛なし。
筋肉把握痛なし。浮腫なし。深部腱反射軽度亢進。神経系:異常なし。
【初診時検査所見】
検尿:比重 1.016 pH 5.5 蛋白 (-) 糖 (-) 潜血 (+) ウロビリ正常 ビリルビン (-) ケトン体 (-) 、沈渣;赤血球 10〜20/hpf 白血球 1個未満 円柱なし。
検便:未施行。
血沈(1 時間)133mm。
WBC 6200 (N66, Ly27, Mo6, Ba1) RBC 383 万 Hb 9.5 MCV 82.8 PLT 45.4 万 網状赤血球数 0.8 %。
TP 7.5 Alb 3.3 T-Cho 127 FGS 97 BUN 9.9 Cre 0.5 UA 3.3 Na 140 K 4.0 Cl 103 Ca 9.1mg/dl P 3.0 T-Bil 0.1 D-Bil 0.3 AST 33 ALT 39 ALP 925 (N 104~338 IU/l) γ GTP 143 LDH 153 CHE 132 APTT 35.5 (76%) CK 76 CRP 6.8。
IgG 2032 IgA 224 IgM 202 C3 1484 C4 26.1 CH50 87。
F-T4 0.94 TSH 1.1。
直接クームス (-) 間接クームス (-) 抗核抗体 (-) 抗ミトコンドリア抗体 (-) MPO-ANCA (-) PR3-ANCA (-) 。
心電図: NSR、HR 89/ 分、陰性 T 波(Ⅲ、V1)
胸部レントゲン:異常なし
腹部レントゲン:小腸ガス (+)
肋骨 XP (3 方向):異常なし
【初診後の経過】
4 月中旬から夕方微熱がでるようになった。 4/27 Fe 11、UIBC 197、フェリチン 108 。初診時 ALP、血沈、白血球高値、貧血、フェリチン高値のため精査が始まる。
エコー、上腹部 MRCP 行う(供覧)も異常なし。肝は脂肪肝。 ALP は分画 2 が高い。
4 月下旬になり夕方の熱が高くなり 37.5 度を越えるようになり太ももが痛くなる。連休直前になり自制できなくなり、やむを得ずステロイド剤(プレドニン 20 mg)開始となる。痛みは以降なし。食欲低下なし。
5 月に入り肝生検のため 3 日入院。病理結果:肝小葉辺縁の軽度の肝細胞壊死で再生しつつある。グリソン鞘には軽度の単核球の細胞浸潤あり。5/19 ツ反: 13×13mm 硬結、水疱なし。5/20 骨髄穿刺施行。低形成骨髄のみ。肉芽腫形成なし。昼間はよいが夕方 38 ℃を越えたこともありプレドニン 30mg とし内服を続ける。早朝でも 37 度を越すことが多くなった。会社は休み家事程度にしていた。食欲は良好。月経も規則正しい。一時期ウルソを内服したところ高熱と体の痛みがあり中止した。以降その症状なし。 6/15 心エコー:異常なし。
6/28 EBVCA-IgG 1280 VCA-IgM 10 以下 EBNA 20 EB ウイルス PCR 法にて 3×10 ^3 。
6/24 注腸 Xp:S 状結腸ループやや開大。(供覧)
CRP 、白血球数、 ALP 値は徐々に上昇していった。
| 4 | 5 | 6 | 7 |
血沈(1時間値) | 141 | 135 | 138 | 140 |
WBC | 8400 | 11000 | 11300 | 14100 |
Hb | 8.6 | 9.7 | 9.5 | 9.1 |
血小板 | 48.2 | 45.6 | 65.5 | 60. |
ALP | 605 | 1924 | 2050 | 2404 |
AST | 33 | 91 | 28 | 58 |
CRP | 7.2 | 9.4 | 10.2 | 13.1 |
原因がわからないまま 7 月に入る。休務加療し家事はこなし臥床することはなかった。しかしだるさは強くなっていった。明け方両下腿痛があることもある。 7/13 可溶性 IL-2R 抗体 1614 。MR アンギオ施行。異常なし。
7 月 14 日ある検査を行った。
第 57回CPC質疑応答(主治医に対する会員からの質問とその回答)
1.病歴について
(1)健康食品使用の有無。薬剤歴。出身地。ペット、最近の国内・海外旅行の有無。性交渉の有無。胸部外傷歴の有無について。
・H16 年 12 月からサプリメントである、コエンザイム内服。
・前医にて 12 月から約 2 ヶ月間テオドール、アゼプチン、ブロニカ内服(不定期に)。
・春日井市出身。
・ ペットはいない。
・海外旅行歴なし。国内はわからない。
・聴取していない。
・外傷なし。
(2)腰痛:これまでもあったでしょうか、発症様式、部位、運動によって増強するか否か、 H16 春以降痛みはあったでしょうか。
・詳細に聞いていない。 H16 年以降腰痛なし。
(3)H16.12 の風邪症状:具体的な症状はなんだったでしょうか。
・咳。
(4)H16 年末からの左胸〜わき腹痛:痛みの性質、咳により増強するか否か。
・咳をすると増強する痛み。
(5)気管支拡張剤にて軽快したのは咳でしょうか、痛みでしょうか。薬剤を使ってどれぐらい(数分以内など)で軽快したでしょうか。
・咳が消失。それとともに痛みはあとから消失した。それ以上に聴取していない。
(6)H17.3 からの夕方の疲労感には、発熱を伴っていたでしょうか。
・熱には気づいていない。
(7)太ももの痛みは、発症様式、痛みの質、部位、動きによる増悪・寛解はいかがでしょうか。ステロイド投与何日後に軽快しましたか。
・4 月24日の高熱とともに発症。鈍い痛み。腰部、下腿部の痛みもあった。動きとは関係なし。増悪・寛解なし。
・ステロイド内服にて3日めから軽快した。
(8)発熱時に悪寒・戦慄を伴っていたでしょうか。
・なし。
(9)結核既往歴、家族歴、 BCG 歴について。
・結核の既往歴・家族歴なし。
・BCG については聴取していない 。
(10)頭痛、顎跛行の有無について。
・なし。
2.過去の資料について
(1)H 16 秋婦人科での採血結果( CBC AST ALT ALP γ GTP )はどうだったでしょうか。
・採血していたか聞いていない。
(2)初診時の身長と H11 の身長はどちらが正しいでしょうか。
・H11 年の身長が正しい。
(3)これまでの健康診断、あるいは内科外来時の TG、Cu 値はどうでしょうか。
・調べていなし。おそらく銅は測定していない。(同じ保険会社に勤めている)
3.身体所見について
(1)左第 8 肋骨叩打痛は、弱く叩いても再現されるでしょうか。あるいは圧迫にて再現されるでしょうか。
・このとき弱く叩いたと記憶しています。本人が同部を押さえて痛いと言っていました。
(2)側頭動脈拍動は正常でしょうか。
・良好です。
(3)腋窩、鼠径、肘の表在リンパ節は触知可能でしょうか。
・触知しませんでした。
(4)乳房にしこりはあったでしょうか。
・触診上はありませんでした。
(5)筋肉痛は筋肉にしこりや、皮疹、筋力低下を伴うでしょうか。
・ありません。
4.検査について
(1)C3 の単位は何でしょうか。数値は 148.4 ですか。
・Mg/dl 。はい。
(2)ハプトグロビン値はどうでしょうか。
・測定していません。
(3)肝生検病理:血管への炎症細胞の浸潤、集積はあったでしょうか。
・ありません。
(4)骨髄:M: E 比はどうだったですか。異型はあったでしょうか。
・4.75 .異型なし。
(5)フェリチンの単位は何でしょうか。高値ですか。
・ng/ml 。正常値は 10 〜 100 。
(6)経過中、便鮮血・ Hb 検査を施行していますか。
・未施行。
(7)ALP 分画の正確な値を教えてください。
・1 — 13 % 2−82% 3−5% 4−0% 5−0% 6−0% 2+3—0%
(8)腹部エコーにて脂肪肝ということですが、肝実質のエコー輝度が高い、ということでしょうか。またそれはびまん性でしょうか。
・エコー検査時は指摘なし。 MR 検査にて T 2 W1 にて全体に信号が上昇しているため脂肪肝と考えた。
1 病歴について
(1)日本人ですよね?
・はい。
(2)仕事で(以外でも)海外渡航歴はある?
・なし
(3)結核の家族歴・接触歴はない?
・なし
(4)独身だが、妊娠・出産歴? Sexal activity の情報は得られた?
・なし。情報は得ていない。
(5)H16 年春からの腰痛の性状・その後の経過はどうか?軽快した?続く?悪化?当科初診時には消失していた?
・腰痛については情報なし。初診時腰痛なし。
(6)健康食品を含む、常用薬はないか?
・サプリメントのみ(前に回答しました) 。
(7)H16 年末からの咳・左胸からわき腹の痛みは、消化器科での検査まで2ヶ月持続した?痛みが続く?
・H17 年2月4日付けの前医の紹介状には咳と痛みは続き、気管支拡張剤(テオドール R )と鎮咳剤(ブロニカ R )の処方がされていました。しかし4月 11 日付けの紹介状には処方がされていませんでした。
(8)H17 年 3 月以降の症状について、夕方に疲れるが、朝・昼間はまったく元気?
・少なくとも会社は休まなかったがまったく元気というわけではない。
(9)何もしていなくてもだるい?すぐ疲れる?(倦怠?易疲労?)
・倦怠です。
(10)仕事は続けられていた?
・はい。
(11)以下の症状につきあるなし、その詳細がわかれば。発熱・寝汗・寒気悪寒・関節痛・筋力低下・しびれ・レイノー・頭痛・視力障害
・すべてなし。
2 過去の資料について
(1) H16 年整形外科での MRI は入手困難でしょうか。
・入手しませんでした。
3 初診時身体所見について
(1)眼底所見
・観察してません。
(2)直腸診
・未施行。
(3)末梢動脈拍動の異常
・すべて良好。
(4)各部位での血管雑音の有無
・頚動脈・腹部大動脈については聴取したが、なし。
(5)頸部以外のリンパ節腫大は?
・腫大なし。
(6)左8肋骨部の叩打痛は point tenderness ?限局しないもの?
・限局していた。
(7)初診時でなくともそれ以後の経過で上記がチェックされたか。
・観察していないものは以降でも観察していない。
4 初診時検査所見について
(1)細かいですが C3 1484 C4 26.1 CH50 87 は正常?
・C 3 は 148.4。 C 3 C 4 とも正常。 CH 50はやや増加。
(2)mg/L 表示?
・はい。 CH 50は U /ml。
5 初診後の経過について(順不同)
(1)眼底所見は得られたか?血管炎・ブドウ膜炎・白斑など・・・・
・得ていない。
(2)検尿所見の推移・のちに Cast の出現はない?
・微小血尿(赤血球 10 〜20個)が続いた(4〜6月)。円柱はなし。
(3)WBC 増多が続くがその分画・目視像は?リンパ球減少症や好酸球増多はないか?
・一貫して好中球が80%前後を占めた。末梢血の血液像は H17 年4月 13 日で赤血球:連銭形成なし・破砕赤血球なし・球状赤血球なし。白血球:中毒顆粒なし・好中球左方移動なし。リンパ球の幼若球なし。血小板:数は多いが凝集なし・巨大血小板なし。
(4)発熱時に寒気悪寒を伴うか?
・伴わない。
(5)しびれや感覚低下は出現してこないか?
・出現なし。
(6)経過中血圧の上昇はないか?四肢での血圧差がないか?
・なし。
(7)皮疹の出現はないか?
・なし。
(8)顎や肩の痛みの症状はないか?
・なし。
(9)「MR angio 正常」はどの部位?腹部でよい?
・胸腹部。
(10)ガリウムシンチ・骨シンチ (Tc) シンチは施行された?
・未施行。
(11)sIL2R 以外の腫瘍マーカー (CA125 など ) は測定された?
・未施行。
(12)側頭動脈エコーは行われた?
・未施行。
(13)CPK の上昇は見られない?
・なし。
(14)左第8肋骨の痛みはどうなったか?同部の CT など評価がおこなわれた?
・痛みは消失。 CT 検査は未施行。
(15)RF (リウマチ因子)の測定は?
・未施行。
(16)血清 ACE ・リゾチームの測定
・未施行。
(17)産婦人科的な再評価(診察・骨盤 MRI )は行われた?
・行っていなかった。
(18)新しく肺病変が出現したり、心電図異常が出現したりはなかった?
・未施行。心電図は 4 月 13 日のみ。