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57回CPC報告


第57回内科学研鑽会臨床病理検討会報告書
平成18年9月9日
司会(岐阜大学医学部付属病院 総合診療部 森田浩之)
〈症例に対する質問〉
脇坂Dr(海南病院):肝生検はプレドニゾロン内服開始後、どれくらいしてから施行したか?
主治医:4/27から内服を開始し、肝生検は5/26。約1ヶ月近く内服している。
森田Dr:ALPアイソザイムの泳動パターンは一峰性?二峰性?
主治医:一峰性。

〈主討論〉厚生連海南病院 総合内科 小田切拓也医師(平成14年卒)
#1 慢性高ALP血症
#a 顕微鏡的血尿
#b 腰痛
#c 卵巣腫大

#1
健常な中年女性に生じた、慢性経過で進行し、発熱、貧血、血沈亢進、ステロイド反応性多発性下肢痛を伴う肝性高ALP血症。
 以後当プロブレム内にて貧血、下腿疼痛、胸痛、肝の障害に対する病態と鑑別を述べ、最後に当該プロブレムに生じている病態を推測する。

 当患者の貧血は、正〜やや小球性で、貧血の程度からして相対的な産生低下を伴う。血小板増多、Ferritinの軽度増加を伴う。また骨髄は低形成を示しているが、比較的赤血球系が多い。産生低下による貧血の病態は、原料の不足、原料の利用障害、産生刺激の不足、骨髄疾患が考えられる。鉄欠乏性貧血ではなく、汎血球減少を伴わないのでVitB12、葉酸欠乏でもなく、腎不全がないのでEPO不足でもない。異型を伴わずある程度赤血球産生を示す骨髄所見や他の2系統が低下していないことから、赤芽球ロウ、MDS、再生不良性貧血などは否定的である。よって慢性貧血による鉄利用障害と思われ、血小板増多もサイトカインの刺激による、と考えられる。

 当患者の下腿疼痛は、発熱に付随して急性に生じ、腰部、大腿、下腿に幅広く分布する鈍痛で、筋の大きな破壊を伴わず、ステロイドに速やかに反応する。下肢痛が生じる解剖学的部位には、皮膚、皮下組織、神経、血管、筋肉、骨、関節・関節周囲がなりうる。皮疹がなく、関節痛がないことより、皮膚、皮下組織、関節は否定的である。神経所見を全く伴わない点で、神経障害のみから生じているとは考えにくい。血管由来の痛みは、併走する神経の障害または実質の虚血に伴うもので、神経所見がなくCPKも正常であり、否定的である。また筋肉由来の場合、軽度なら筋力低下を伴わないが、CPK上昇を伴わない点が否定的である。筋膜、関節包炎としてリウマチ性多発筋炎や線維性筋痛症が想起される。骨由来である可能性を否定する所見はないが、積極的に示唆する所見も乏しい。
リウマチ性多発筋炎とすると、PSL20mg使用中に再燃する点が矛盾するが、側頭動脈炎を合併しているならば合致しうる。しかしその場合、年齢が若いこと頭痛などの特徴的症状や所見がなく、またGCAでは後に述べる肝での病態を説明し得ない。全く同時期に二つの異なるまれな病態が健常中年者に生じる可能性は低いと考えるが、否定はしきれない。
線維性筋痛症は痛みの部位が一致しない。
骨由来の痛みは骨膜か骨髄腔の疾患により感覚神経が障害されることで生じる。通常は骨折、骨髄炎、骨膜炎より生じる。骨折以外では、Kelley’s Textbook of Rheumatology 7th によると、肥大性骨関節症、異常血色素病、血液悪性疾患、原発性・転移性骨腫瘍、骨浸潤性疾患(Pagget病など)がその原因となる。肥大性骨関節症、異常血色素病は否定的と考える。ステロイド反応性であり、炎症性疾患である骨浸潤性疾患を想起する。しかし血液悪性腫瘍、転移性骨腫瘍でも腫瘍が惹起する炎症に対するステロイドの効果はあるので、否定はできない。
 
当患者の胸痛は、咳嗽にて増強し、point tendernessを伴う。解剖学的部位としては胸膜、筋・骨格由来が考えられる。しかし呼吸音正、胸部X線・腹部CTにて胸水がないこと、point tendernessがあることから、胸膜は否定的である。肋骨そのものの圧痛があることより、骨由来と考えるのが自然である。

上記下肢痛、胸痛がともに骨由来であるか、骨シンチにて確認したい。また骨シンチが陽性の際には、多発性の骨浸潤あるいは骨転移を来たす疾患である可能性が示唆される。

 当患者の肝臓に生じている障害は、トランスアミラーゼに比してアルカリフォスファターゼ値が高く、Bil値の上昇も見られない。SleisengerのGastrointestinal and liver Disease 8thによると、このようなパターンを示す肝障害の病態生理は、部分的胆管閉塞、肝内浸潤性疾患、薬剤性胆汁うっ滞、重篤な肝外細菌性感染症(病態生理は不明)がある。肝生検結果からは、いわゆるzone1の障害であり、虚血やうっ血などによる障害ではないと思われる。単核球は慢性炎症時の炎症細胞であり、以上より肝実質内に慢性炎症があることが想定される。肝画像所見からは、著明な肝腫大や肝内胆管の異常はなく、腫瘤形成性とすると非常に小さい腫瘤を形成する疾患であることが分かる。
 以上より考察すると、胆管閉塞は画像(CT、MRI、MRCP、エコー)より否定的であり、重篤な肝外細菌性感染症も否定的である。薬剤性としては、テオドール、ブロニカ、コエンザイムが対象となる。浸潤性疾患としては、悪性疾患(原発性、転移性)、アミロイドーシス、その他の肉芽腫疾患が挙げられる。
 肝に肉芽腫を生じる疾患としては、Gastrointestinal and Liver Diseaseによると、細菌性(結核, MAC, ブルセラ症, 野兎病, リステリア, 梅毒, Whipple病), リケッチア(Q熱), ウイルス(サイトメガロウイルス, EBウイルス), 真菌(ヒストプラズマ, コクシジオイデス症, クリプトコッカス), 寄生虫(トキソプラズマ症, 住血吸虫症, 臓器幼虫移行症, 肝蛭症, 肝毛頭虫症, 回虫症), 悪性疾患(Hodgkin病, 非Hodgkinリンパ腫, 腎細胞癌), 薬剤(Allopurinol, Carbamazepine, Chlorpropamide, Diltiazem, Gold, Halothane, Hydralazine, Methyldopa, Nitrofurantoin, Penicillin, Phenylbutazone, Phenytoin, Procainamide, Quinidine, Quinine, Sulfonamides), その他(サルコイドーシス, PBC, ベリリウム症, タルク症, 炎症性腸疾患, Wegener肉芽腫, リンパ腫様肉芽腫, 特発性)がある。この内、ブルセラ症、野兎症は急性疾患であり否定的である。真菌感染症、トキソプラズマ症で肝に肉芽腫を来たすためには、免疫不全者で播種性病変を生じている時であり、HIV検査にて否定できる。ここに挙げられている薬剤、ベリリウム、タルクは病歴より否定的。Whipple病はTropheryma whippleiによる小腸の感染症で、関節炎や認知症等を来たす疾患であるが、下痢・腹痛といった消化器症状を来たしていない点より否定的である。炎症性腸疾患も同様に臨床症状より否定的。
以上より、薬剤性、アミロイドーシス、残った肉芽腫形成疾患について考察する。
 
 ここでウルソ内服後高熱、体の痛みが生じたことについて検討する。ウルソデオキシコール酸で報告されている副作用には、痒み、嘔吐、下痢などがあり、胆汁うっ滞型肝障害の報告もある。重篤な場合は、劇症肝炎、閉塞性黄疸の報告がある。しかし本症例のような報告は認められなかった。何らかのアレルギー機序が想定されるが、これ以上の考察を行うことができなかった。

○薬剤性
コエンザイム:副作用としては、トランスアミラーゼ優位の肝酵素上昇、嘔気、下痢、筋炎、不眠、いらいら感などの報告がある。コエンザイムQが欠損している場合に胆汁うっ滞を来たしやすいが、コエンザイムQによって胆汁うっ滞型肝障害を来たす、という報告は認めなかった。
テオドール(テオフィリン):胆汁うっ滞型肝障害の報告がある。本症例では薬剤を中止後もALP上昇傾向が続いており可能性は低そうだが、否定はできない。一般に薬剤性肝障害と診断するためには、皮膚や末梢血好酸球増多といった他の診断手がかりや、器質的疾患を否定することでなされる。第一に考えるべき鑑別とはいえない。
ブロニカ(セロトリダスト):トランスアミラーゼ優位の肝障害を来たす報告を認めたが、胆汁うっ滞型肝障害の報告を認めなかった。

○アミロイドーシス
アミロイドーシス:肝臓に付着するパターンでは、原発性ALアミロイドーシスと二次性AAアミロイドーシスにて認められる。実質やDisse腔に沈着するパターンと、門脈などの血管に沈着するパターンがある。前者では通常著明な肝腫大を来たすが、後者では肝腫大を来たさないか、来たしても軽度である。ALアミロイドーシスが肝臓に沈着する場合、腎症や心不全を来たすことが多く、通常単クローン性高ガンマグロブリン血症を来たしその他のガンマグロブリン分画を著明に減少させる。またALでもAAでも、MRI検査にて肝臓内がT1強調画像で著明な高信号を示す(原因不明)。臨床症状、所見より否定的と考える。

○感染症
結核症:播種性結核症では肝臓や骨に肉芽腫を生じえる。免疫不全者にprimary infectionを生じた時、肝に肉芽腫を形成しうるが、その場合急性の経過をたどる。従って本症例の肝臓病変が結核症でありうるとすれば、late milliary TBの経過をたどっている時である。粟粒結核は通常胸部X線にて異常陰影を来たすが、特にHIV患者ではX線上異常を認めないことがある。しかしprimary infectionを示すX線上の石灰化を示す結節やリンパ節腫大などもなく、やや否定的である。また通常高齢者や免疫不全者以外に生じることはまれである。HIV検査を施行し、否定したい。ツベルクリン反応については、米国では免疫抑制状態ではない一般人の陽性基準は硬結径15mmまたは水疱の存在とされていて、上記患者は明らかな陽性ではない。
MAC感染症:AIDS患者などの免疫不全者で播種性感染症を来たした時に肝の肉芽腫形成性病変を形成する。胸部X線で異常を認めないこともある。やはりHIV検査を行いたい。
リステリア症:以前から肝疾患(肝硬変、ヘモクロマトーシス、慢性肝炎)を持つ患者で、全身性リステリア症が生じた時に、肝に肉芽を形成した、という報告があるが、本症例では否定的である。
梅毒:2期梅毒で生じる。1期梅毒の性器や肛門の感染徴候や、皮疹、全身性リンパ節腫大などがなく、否定的である。
Q熱:感染動物由来のaerosolを吸入または感染動物由来のミルク、チーズなどを摂取して感染し、通常急性経過で肺炎を来たし、肝肉芽腫形成も来たしうる。しかし慢性経過を取ることもあり、肺を侵さないこともある。可能性は低いが、否定はしきれない。特殊な施設でコクシエラバーネッティ抗体検査を依頼することを考慮するが、他の鑑別疾患が否定された時でよい。
サイトメガロウイルス:まれに伝染性単核球症に伴い肉芽腫形成性肝炎を来たす。発熱、嘔吐、末梢血にて50%近くのリンパ球増多症を来たす。症状、所見より否定的。
EBウイルス:慢性活動性EBウイルス感染症にて、まれに肉芽腫形成性肝炎の報告がある。しかし通常慢性活動性EBウイルス感染症は、6ヶ月以上続く慢性発熱、悪寒、筋・関節痛、リンパ節腫大、肝脾腫を来たす。検査値ではVCA IgGが著明高値を示す。検査値より否定的と考える。
住血吸虫症:出身地から罹患率は高くなく、慢性感染では肝脾腫や肝性門脈圧亢進症、卵巣周囲肉芽腫形成を来たすが、本症例では否定的である。
臓器幼虫移行症:北米で多く、Toxocanaに感染した卵を食べることで感染し、通常1〜5歳で発症する。悪寒、発熱、肝腫大、皮疹を来たし、肺も高頻度で障害され、末梢血にて好酸球増多を認める。否定的と考える。
肝蛭症:牛や羊から感染、あるいは感染した水から感染する。慢性感染では、総
胆管や肝内胆管を閉塞し肝脾腫を来たす。通常強い好酸球増多症を来たす。否定
的である。
肝毛頭虫症:げっ歯類から感染する。急性〜亜急性肝炎を来たす。経過が一致しない。
回虫症:日本ではまれ。腹痛、発熱、黄疸、胆管閉塞などを生じる。否定的である。

悪性腫瘍
原発性肝臓癌:画像上検知できない腫瘤を形成する原発性悪性腫瘍としては、肝内胆管細胞癌と血管内肉腫が鑑別となる。胆管細胞癌では黄疸が初期から出現すること、画像にて肝内胆管拡張を示す点が矛盾する。血管肉腫では常に肝腫大を認め、びまん性に浸潤するパターンでは画像で腫瘤が明らかでないこともあるが、造影や血管造影にて異常を示す。可能性は低いが、造影CTにて鑑別したい。
転移性肝臓癌:肺がん、乳がんなどが原発巣として多い。通常肝は腫大して表面に凹凸を形成し、CT、USなどで腫瘤を検知できることが多く、本症例では可能性が低い。造影CT、乳がん検査(エコー、軟線撮影)、便潜血・Hb検査にてscreeningをしたい。今回#a、#cと関連して、特に卵巣癌、泌尿器癌について述べる。 
卵巣癌での転移パターンは、腹腔内に癌細胞が脱落して定着し腹水の流れに沿って移動する、またはリンパ行性を示すことが多い。血行性に肝臓や肺などに転移を来たすのは2-3%でしか認めず、否定的と思われる。
腎癌では、最も転移を来たしやすい部位は肺で、他に骨、肝臓、腎窩、脳が多い。腫瘍随伴症候群の一つで3-20%にて生じるStauffer症候群では、IL-6などの各種サイトカインによると思われる転移巣を伴わない肝障害で、発熱や体重減少を伴い、ALP値上昇、67%でPT延長とAlb値低下、20-30%でBilとトランスアミラーゼ値上昇を伴い、血沈も増加する。通常肝腫大や時に脾腫大を伴い、肝生検では類洞拡張や非特異的リンパ球浸潤のみを認める。オカルトな腎細胞癌による唯一の症状であることもあり、原発巣を切除すると60-70%にて軽快する。その他別の腫瘍随伴症候群でPMR様の症状が起こることがあるが、通常はPSLに無反応性である。CT、腹部USにて腎腫瘍の感度は、10-15mmにて75%と28%、5-10mmで60と21%、0-5mmで47と0%と万全ではなく、否定はできない。泌尿器科受診を依頼したい。
尿管癌、膀胱癌は腹膜への転移、リンパ節転移が一般的であるが、上部尿管癌なら全身性血行性転移を来たしうる。しかし#cにて述べるように、可能性は低い。
血液悪性疾患:白血病は臨床症状より考えにくい。多発性骨髄腫ではびまん性に類洞や門脈域に浸潤し、二次性門脈圧亢進症を来たすことがある。しかし総蛋白、ガンマグロブリンの上昇はなく、否定的。
悪性リンパ腫について考察する。表在、深在性のリンパ節腫大を認めず、肝への著明な浸潤を伴うリンパ腫としては、肝臓原発リンパ腫や血管内リンパ腫、リンパ腫様肉芽腫が考えられる。可溶性IL-2Rは上昇しているが、特異的ではない。LDH上昇がない点はやや否定的である。
肝臓原発リンパ腫は組織学的には96%でdiffuse large B cell lymphomaで、通常CTなどで肝腫大や結節性病変を認めることが多い。中国の文献では、全例で単純CTにて肝内LDAを認める、とあり、画像所見より考えにくい。
血管内リンパ腫も組織学的にはdiffuse large B cell lymphomaで、中枢神経、腎臓、肺、皮膚に病変を作ることが多いが、肝臓に病変を作ることもある。組織像としては、小血管内に限局して悪性単核細胞が浸潤し、広範囲に閉塞を来たす。本症例での肝障害は血管閉塞による虚血やうっ血とは異なる機序が想定され、否定的と考える。
リンパ腫様肉芽腫では、血管中心性リンパ腫やEBウイルス既感染との関連が示唆される。浸潤組織内で広範囲な壊死を来たし、リンパ節腫大を来たさない。本症例の肝病理に合致しない。
これら悪性リンパ腫に関し否定しきれない時は、腹腔鏡下での肝生検を考慮する。

その他
原発性胆汁性肝硬変症:中年女性に生じ、特異的抗体を経てT細胞を活性化し、進行性に肝内胆管を破壊していく疾患で、検査ではALP、Chol、IgM値の上昇や抗ミトコンドリア抗体陽性(感度90-95%)を示す。検査値より否定的と考える。
PN、GCAや他の血管炎で生じる肝障害は、通常虚血を介してまたは並存するB/C型肝炎を介して生じるものであり、本症例に矛盾する。但しWegener肉芽腫に関しては、血管外に肉芽腫を形成し、虚血を介さずに肝臓実質の障害を来たしうる。Wegener肉芽腫は95%で上気道症状を、85-90%で咳嗽・血痰・呼吸困難感・胸部不快感といった呼吸器症状を、77%で腎炎を呈す。またC-ANCAの感度は90%(非活動性では60-70%)で認めるので、症状・所見より否定的である。
サルコイドーシス:80-95%にて肝内肉芽腫形成がある。サルコイド肉芽腫は典型的には小さく、画像検査では検出できない。病理では肉芽腫以外に、クッパ−細胞過形成、門脈、肝小葉内に単核球浸潤を認める。
サルコイドーシスはあらゆる年齢層に生じうるが、20-40台の非喫煙女性に多い。ほとんどの患者は呼吸器症状(咳嗽、呼吸困難感、胸骨裏の胸部不快感など)がある。20-40%では、発熱、倦怠感、不快感、食思不振、体重減少などを伴う。臓器としては90%の患者で、経過中胸部X線上の異常を示す。肺では間質性肺炎を来たすことが多い。縦隔リンパ節腫脹は75-90%に認められ、肺門部や傍気管支リンパ節の腫脹が多い。15-40%で骨髄を侵すが、血液学的異常をもたらすことは少ない。3-13%にてあらゆる骨の皮質に肉芽を形成する。関節炎や筋肉内肉芽腫も来たしうる。
本症例について考察すると、下気道の症状・所見を認めない点が最も矛盾する。しかし胸部では最初に縦隔リンパ節腫脹から始まり肺への浸潤が生じる経過を取ることが多く、本症例ではCTにて確認したいが両側肺門部リンパ節が軽度腫脹していると思われる。また画像では検出できない細かな病変が肺に生じている可能性を否定できない。ACE(感度2/3)、肺機能検査、ガリウム67シンチ(肺に取り込みがあればBALやTBLBを考慮)、蓄尿Caを測定したい。

以上より鑑別疾患としては、第一にサルコイドーシス、次に腎細胞癌、かなり可能性が低くなりQ熱、テオフィリンによる薬剤性肝障害を挙げる。診断プランとしては、抗HIV抗体、ACE、蓄尿Ca検査、便潜血・Hb、胸部〜骨盤造影CT、骨シンチ、肺機能検査、Gaシンチ、泌尿器科受診を行いたい。以上で診断がつかない場合には、腹腔鏡下肝生検を行いたい。

#a
健常女性に慢性的に存在する無症候性単独顕微鏡的血尿。尿路由来である可能性が高い。結石、腫瘍、結核、子宮内膜症、外傷などが原因となる。その他では月経、ウイルス感染、アレルギー、運動、軽度の外傷なども原因となる。糸球体由来(特にIgA腎症、遺伝性腎炎、基底膜疾患)である可能性も否定できないが、その際には赤血球変形を伴うことが多い。悪性腫瘍では、尿路由来である尿管細胞癌や膀胱癌では、比較的多量の血尿を来たすので、長期に渉り顕微鏡的血尿のみであるのは合致しない。一方腎細胞癌は尿路由来でないため、顕微鏡的血尿であっても矛盾しない。診断プランは、泌尿器科受診である。

#b
 腰痛の性状、増悪寛解因子、MRIの評価にてヘルニアであるかを判断する必要がある。#aや#cとの関連も疑われるが、現時点でこれ以上考察を深めることができない。 

#c
 中年閉経前未経産婦の片側卵巣腫瘍。腫瘍マーカーはおそらくCA125と思われ、無症候性閉経後女性の卵巣腫瘍なら感度95%、特異度78%である。一方でstage1,2の卵巣癌患者の半数ではCA125正常である。もし経過中本当に卵巣腫瘍が退縮しているならば、卵巣癌の可能性は低く、卵巣嚢腫が考えられる。婦人科再診を考慮する。診断プランは、婦人科再診である。

以上より各プロブレムは全て確定診断には至っていないが、当勉強会の習慣に従いプロブレムを展開するならば、#1→サルコイドーシス となる。プランは述べたとおりである。

〈主討論に対する質問〉   
脇坂:鑑別の中で、Wegener肉芽腫症以外の、ANCA陰性の血管炎症候群を否定した根拠について聞きたい。PNなどはANCA陰性で、筋痛などの症状を呈してもおかしくないと思うが?
小田切:血管炎が肝臓で臓器障害を起こす際の機序について、Wegener肉芽腫症以外は血管の中に肉腫を作って虚血などを生じる、あるいは、B型肝炎・C型肝炎を合併していることにより肝臓障害を起こすと記載されていた。肝実質や胆管に問題を起こすとは特に記載がなかった。肝生検の結果は、病変部分にヒットしなかった可能性もあるが、明らかなうっ滞や中心静脈での障害はなく、門脈域の障害であって、虚血などによる障害とは考えにくいと考えた。

〈メールで寄せられたリスト>
三井Dr(名古屋第一日赤病院 平成13年卒)
#1 腰椎椎間板ヘルニア
#2 卵巣腫瘤
#3 慢性EBウイルス感染症

傍嶋Dr(海南病院 腎臓内科 平成15年卒)
#1 高アルカリホスファターゼ血症【H17.4.13】 → サルコイドーシス
Diagnostic Procedure:筋生検
基礎疾患のない46歳女性に生じた、ビリルビン、アミノトランスフェラーゼ上昇を伴わない、高ALP血症である。経過中、発熱と筋肉痛を伴う。
 Bil上昇を伴わない高ALP血症は、胆管の部分閉塞か肝グリソン鞘域への浸潤、あるいは薬剤性のいずれかである。
薬剤性はH16年10月の会社検診で「肝機能異常」を指摘された時点では内服薬はなく、否定する。
胆管の部分閉塞を起こす原因として、結石、感染症、悪性腫瘍、原発性胆汁性肝硬変・原発性硬化性胆管炎等の非感染性胆管炎が上げられる。結石・化膿性胆管炎等の感染症は半年に及ぶ亜急性経過と、MRCP・エコー正常、ステロイドで悪化を見ないことより否定される。悪性腫瘍に関しては、MRCPで異常がなくとも、微小な胆管における胆管癌は否定できない。筋肉痛は腫瘍随伴症状、つまり悪性腫瘍に合併する多発筋炎で説明しうるかもしれない。PBCに関しては、中年女性で疫学的には好発であるが、感度が90%以上と高い抗ミトコンドリア抗体が陰性であることから考えにくい。PSCに関しては、感度が80%以上のPR-3 ANCAが陰性であり、またステロイドで軽快する筋肉痛を説明し得ない。さらにPBC/PSCともにガンマグロブリンはIgMが高値となるが、この症例ではIgG高値である。
肝への浸潤に関しては、悪性腫瘍、アミロイド、マイコバクテリウム、肉芽腫性疾患(サルコイドーシス)が挙げられる。結核等のマイコバクテリウムの感染症は中等量のステロイドを3ヶ月使用しても、悪化をみず否定する。
サルコイドーシスは、筋肉への肉芽腫形成はしばしば認めるが、症状が出ることはまれであるらしい。脱力が多く、筋炎はさらにまれであるようだ。ただし、中等量ステロイドで一時的にのみ軽快をみた点については、サルコイドーシスの治療はステロイド高用量が必要であることを考えると、説明しうる。IL2レセプター軽度高値も一致する。
以上よりサルコイドーシスを最も考える。
Diagnostic Procedureは筋生検。ACE測定も見たいところだが、サルコイドーシスの2/3にしかACE高値とならなく、確定診断とはならない。筋生検も、肉芽腫を病理的に診断してもサルコイドーシスの確定診断にはならないが、臨床状況も併せればサルコイドーシスと診断できるだろう。ただ、筋生検部位となるヒフク筋には症状がなく、症状のある大腿筋で生検できるかは、不明である。

三島Dr(海南病院 総合内科 1980年卒)
考察:
 46歳女性の半年以上にわたって漸増した高ALP血症。発熱、筋痛を伴い、経過は月単位で、3ヶ月間のステロイド治療を受けている。
身体所見では、表在リンパ節の腫大なく、皮診なし。検査では赤沈の亢進とCRP高値を伴っている。
 この患者のALPは肝の誘導酵素である。肝は腹部エコー、CTにて占拠性病変なく、胆管系の形態はMRCPにて肉眼的に異常がない。ゆえに病変の主座は肝の門脈域にある。予想される病理所見は、1)微小胆管炎、2)悪性新生物、3)血管炎、4)類上皮細胞肉芽腫、5)沈着性疾患である。肝生検で診断に結びつく有意の所見が得られず、今回の検討に供された。
まず、微小胆管炎を感染性と非感染性とにわける。感染性は経過の長さから否定。非感染性ではPBCが挙がるが、抗ミトコンドリア抗体の陰性、全身症状があることは、強皮症などの合併を考慮しても適合しない。
 悪性新生物では、低悪性度のリンパ腫が門脈域に浸潤する。可溶性IL2レセプターはやや高値であるが疾患特異的な高値ではない。表在、肺門、縦隔、腹部リンパ節腫大がなく、肝だけに浸潤して全身症状を呈するリンパ腫は考えられない。
 血管炎は検討の余地がある。ANCA陰性は否定する根拠にならない。経過をみると、ステロイド投与が部分的に効いているように見える。胸腹部のMRアンギオ正常は大動脈炎症候群、巨細胞動脈炎の可能性を低くする。この患者では結節性多発動脈炎の可能性が残る。ただし血管炎とすると、病変の広がりが、肝、筋と典型的ではない。
 類上皮細胞肉芽腫では結核は経過に反する。この患者では、治療への部分的反応、決定的な悪化の欠如という経過も含めて、サルコイドーシスが合致する。
沈着性疾患ではアミロイドーシスがあるが、発症年齢が若く症状も合致しない。
 診断行為は、肝の再生検か、ガリウムシンチと思う。ACEの結果も知りたい。
展開したプロブレムリスト:
#1 高アルカリフォスファターゼ血症 → サルコイドーシス

〈主治医のリスト・その後の経過〉
すべて外来診療で、これが全ての資料。こうした場合、みなさんならどうするかも聞いてみたかった。
主治医のプロブレムリストは
#1 高アルカリフォスファターゼ血症 [平成17年4月13日]
#2 貧血 [平成17年4月13日]
その後、肝生検や各種検査を続けている間も、37.5度から38度台の熱が続いた。入院はしていないが、これだけ精査してもわからないということで新たに、
#3 不明熱 [平成17年6月28日]
とあげた。
注腸検査を行った理由だが、便潜血は未施行であるが大腸癌から何らかのサイトカインが分泌され、こうした病態を呈することはないだろうかと思い、いわば困ってしまって最後に注腸をお願いした。大きな所見はなかったが、少しS状結腸が圧排されているかと思った。実は、椎間板ヘルニアの話やその際にMRIを撮影したという話も何も患者から聞いていなかった。
この時点で患者本人にプロブレムリストを見せて、ここまで検査してもわからない、どうしようかと話をした所、実はと言って婦人科の話をしてくれた。詳しく聞くと病歴に記したことであり、この話を聞いたのが6月29日。
すぐに婦人科依頼をし、超音波検査と内診で、5cm大の卵巣腫瘤を指摘された。そこで次のようにプロブレムを挙げた。
#4 卵巣腫瘤 [平成17年6月29日]
7月13日に下腹部MRIを施行。子宮右側に、T2強調像で低信号、T1強調像でも低信号の5cm大の、境界明瞭で周囲を圧排している腫瘤が発見された。ダグラス窩に少量の腹水を伴っている。周りの臓器には影響していない。婦人科でMRIを行った時点で腫瘍マーカを測定しており、CEAは0.4、CA19-9は9.6、CA125が31.2とほぼ正常域。婦人科医師は内科の病気が一段落したら手術をと言い、特にこの時点では癌と感じていなかった。
私としては血管炎症候群まで考えて精査したが、それを示唆するものはほとんどなく、3ヶ月診てきてじわじわと少しずつだが悪化している、と感じていた。卵巣腫瘤を診断することが先決だ、と考えた。婦人科は貧血を鉄剤で治療してから手術しよう、と言ったが、鉄剤を投与してもよくならない貧血だから輸血をして手術を、と依頼して、手術に踏み切った。
手術は8月31日。右卵巣は手拳大、充実性、術中破綻している。周囲の子宮および後腹膜と軽度癒着していた。術中組織診断にて中間癌を疑って、子宮全摘・両付属器摘出手術を行った。摘出物重量は230g、術中出血量は963cc。

<病理所見>
骨髄所見
cellularityは中等度低形成。E/M比が低下しており、赤芽球系は減少。他は正常で、肉芽腫病変や腫瘍性病変はない。
肝生検所見
Glisson鞘の拡大はなし、Glisson鞘の細胞浸潤はごくごく軽度。小葉構造も保たれている。中心静脈周囲の線維化もない。エコーで脂肪肝と指摘されているが、脂肪変性もない。    
小葉内の肝細胞壊死もない。
強拡大にすると肝細胞壊死がごく軽度あるが、他の炎症性変化はない。ある程度肝細胞の障害はあったのだけれども、すでにおさまっている、という印象だった。
目立つのは肝細胞内の褐色色素沈着だが、鉄染色陰性。おそらく消耗性色素。高齢者やある程度肝障害のあった人におこる変化だが、いずれにしろ現在の活動性の炎症所見はない。肝細胞の分裂像はあるので、回復期と思う。どういうパターンの炎症だったかは、ここから推測することはできない。
卵巣腫瘤
直径5cmで、灰白色のいくつかの腫瘍が集まっている。壊死と出血がある。隔壁あり。組織像では、同じような細胞がならんでおり、核は大型で、核小体ははっきりしている。明るく大きな細胞質で、卵細胞に似る。免疫染色にて、胎盤性ALP染色強陽性。CD117陽性。
鑑別診断では、顆粒膜細胞腫、胚細胞腫。免疫染色からは胚細胞腫と全く同じ染色パターン。これをもって、卵巣未分化胚細胞腫、と診断した。
もちろん悪性腫瘍だが、予後は良好な種類。死亡例はほとんどない。ホルモン活性はほとんどないとされており、臨床症状はほとんどでない。
腫瘍随伴症候群は一般的に腺癌でよく起こる病態で、胚細胞腫瘍での報告は少数で高カルシウム血症を引き起こすことがある、という程度。この方の多様な症状が腫瘍随伴症候群による可能性もあると思うが、これによるとすると極めて珍しい例だと思う。

<病理所見に対する質問>
小田切Dr:消耗性色素沈着の分布に偏りはあったか?
病理医:一般的には中心静脈に多いが、この方は偏りがなく、全体的なものだった。
小田切Dr:ALP上昇も腫瘍随伴症候群によると考えていいか?腎細胞癌では少量のリンパ球浸潤が肝細胞へある、という記述はあったが、他の記載は見当たらなかった。
病理医:この所見を見る限り、リンパ球浸潤はあったと思う。その程度や範囲については何とも言えない。
小田切Dr:貧血は慢性炎症性と考えたが、骨髄への腫瘍細胞の浸潤はなかったと考えていいか?
病理医:骨髄への腫瘍細胞の浸潤はなかった。
栗本Dr:手術所見で周囲臓器への腫瘍浸潤はあったか、とリンパ節腫大がどうだったか教えてほしい
病理医:腫瘍は卵巣内に限局。周囲への浸潤なく、ステージⅠ。リンパ節腫大なし。
池上Dr(聖隷三方原病院総合診療内科):悪性リンパ腫の1タイプという可能性は、形態的にも否定できるのか、免疫染色で否定されるのか?
病理医:悪性リンパ腫とも形態的に似ていて鑑別に挙げなければいけない疾患。しかし形態的には細胞膜が非常にクリアなのが違い、免疫染色で決定的に否定される。

<その後の経過>
入院は8月26日、手術が8月31日。このときプレドニゾロン30mg内服中で、手術当日の朝も内服。入院後の熱型は、手術前には1日3検しており、37〜38.3℃で、悪寒戦慄なし。38℃以上になると体がつらい、なんとなく痛い、という訴えがあった。
術後、回復室に入室中は2時間毎に腋窩で体温を測定されていたが、解熱鎮痛薬を使わず最初から35.8〜36.4℃。その後も、退院まで一度も37度を超えることはなかった。
ALPは術前に測定していないが、12月9日正常。腫瘍マーカはいずれも一ケタ台。
胚細胞腫、stage1cと診断。術後、発熱は全くなく、筋肉痛も消失した。術中に腫瘍が破綻したこともあると思うが、術後化学療法が施行された。ブレオマイシン・エトポシド・パラプラチンを用いるBEP療法4クールを、そのたびに入院して行った。副作用は脱毛・食欲不振だが、体重変化はなかった。
CRPは8月31日に18.9、9月5日にCRP1.4となり、以降はCRP0台。白血球は同じ日付で12700・9600・12300。プレドニゾロンは術後、20mgから斬減し、年末には10mgにした。
EBウイルスのPCR定量を12月19日に行っており、前回が3×103コピーだったが、このときは1×103コピーだった。
術後、ほてり・むくみ・指のしびれ・顔面乾燥が強く、プレドニゾロン補充にて症状消失。プレドニゾロンは1月下旬に終了。
平成18年2月から仕事に復帰している。
平成18年8月18日現在、下腹部超音波検査異常無し、WBC 4200、Hb 13.0、Plt 12.3万、ALP 266、CRP 0、腫瘍マーカ陰性。月1回の婦人科受診だったが、以降は3ヶ月に1回の受診予定となり、次回11月受診の予定。
術前のMAP輸血は6単位、術後は2単位となっている。

プロブレムリストの展開は、
#1 高アルカリフォスファターゼ血症 [平成17年4月13日]
→腫瘍随伴症候群[平成17年9月7日]
→治癒[平成18年2月22日]<済>
#2 貧血 [平成17年4月13日]
  →(包含)#1[平成17年9月7日]
#3 不明熱 [平成17年6月28日]
  →(包含)#1[平成17年9月7日]
#4 卵巣腫瘤 [平成17年6月29日]
  →卵巣胚細胞腫[平成17年9月5日]
  →治癒(摘出・化学療法)[平成18年2月22日]

森田Dr:γ−GTPの推移は?
主治医:γ−GTPはあまり上昇せず、正常よりやや高い値で一定しており、ALPとは動きが乖離していた。治療後は正常値になった。
小田切Dr:下肢痛は解剖学的にどこが障害されていたのか?腫瘍症候群と考えたのか?
主治医:発熱に伴うものと理解していた。朝から家事や介護もでき、外来で見続けることができた程度のものだった。例えばPMRに伴う筋肉痛、という感じではなかった。
栗本Dr:対側の卵巣はどうだったか?脈管浸潤はあったか?
病理医:対側の卵巣も摘出されており、腫瘍なし。脈管浸潤はなし。
三島Dr(海南病院総合内科):さきほど腫瘍で胎盤由来のALPが染まったと言っていたが?
病理医:ALP4が染まった。
三島Dr:ALPは肝で産生されたのではないと理解しているか?
主治医:γ−GTPについてはほとんど記憶にない程度で、最後まで200を超えなかった。何度もALP2は本当か、肝・胆道系由来でいいのか問い合わせたが、ALPは一峰性で肝・胆道系由来と言われた。微小血尿は術後も続いたが、沈渣では1〜5・6個。20個以上ということは経過中なかった。
森田Dr:ALPアイソザイムは加熱して泳動することが重要と言われている。加熱はしたか?
主治医:今となってはみてみたかったが、当時はそこまでやらなかった。
栗本Dr:ALPの産生は卵巣の腫瘍細胞か肝かどちらかと思うが、肝内の細胆管付近がALPを強く産生する。肝に障害があるのは間違いないので、サイトカインによって肝でALP産生していたというほうがありえそうと思う。
鳥山Dr(名古屋共立病院):プレドニゾロンはどういう意図で使ったのか?
主治医:症状が増悪したがGW前のため入院は躊躇した。徐々にフェリチンが上昇してきた。Still病で死亡したというレポートをよんだことがあり、プレドニゾロンを開始することにした。これがGW前でなければ、ステロイドはまだ出さなかったかもしれない。入院としていたと思う。PMRも成人Still病も考えていなくて、IVLと血管炎を考えていた。サルコイドーシスは頭の片隅にはあった。骨髄と肝生検の結果をみて、HCVは測らなかった。
池上Dr:EBウイルスのPCR検査所見についてはどう考えたか?EBウイルスの血中DNAを測る検査には2通りあり、①白血球の中のDNAを測定 ②血清中のDNAを測定。おそらくこの検査は血清を調べたのだと思うが、EBウイルスは通常白血球に感染して、正常人の場合はわずかながら白血球に存在して持続感染となっている。そういう人が50%。それが血清にまで検出されているとすると、かなり白血球内で増殖されてでてきたのではないか。血清のこの値はとても高いと思う。またviral capside1抗原のIgG1280倍というのはものすごく高い。自分たちが臨床上経験するのは40倍とか80倍というのが多い。これが今回の#1や#2と関係ないことなのかどうか。
主治医:これは血清中のDNA量でよい。抗体検査で1280と高値だったので、EBウイルスの持続感染を考え、保険外の検査だったがPCRを提出した。術後にもう一度測定し、術後の血清PCRは1×103だった。同時期にEBウイルスの持続感染の若い女性がいて、その人は1×107だったので、本症例の場合は数としてあまり多いと考えず、軽度〜中等度と判断していた。また、EBウイルスの持続感染が肝臓に何か起こしているという状況には思えなかったので、一応PCRを測定して確かめたかった。胚細胞腫瘍によってEBウイルス量が増えるという文献は見つからなかった。

<総合討論>
森田Dr:主討論者のプロブレムリストを元に研鑽会としてのリストを作成する。
まず、#1の「慢性高アルカリフォスファターゼ血症」に「慢性」という言葉はいるのか?
小田切Dr:そのままがいいと思う。自分は「慢性」ということを強く念頭において鑑別を考えた。
森田Dr:展開した名前は、病理からは「卵巣未分化胚細胞腫」、主治医は「胚細胞腫」としていたが、どちらがいいか?
小田切Dr:その前に、#1を卵巣腫瘍に展開するかどうかは、ALPが肝臓からなのか、卵巣からなのか、どちらと考えるかによる。
参考までに、腎細胞癌による高ALP血症では、肝臓に転移がないことが定義に含まれており、生検では肝臓への軽度のリンパ球浸潤が認められることがある。そのまま経過をみていくと、肝臓が腫大してきてプロトロンビンとアルブミンが下がり、ビリルビンやトランスアミナーゼが軽度上昇することもある。また、ALPは60〜70%で腫瘍を取ると正常化する。明らかに肝臓で起こっている自体でも、腫瘍をとると正常化する。
本症例も腫瘍随伴症候群として理解できると思う。
三島Dr:この方は手術後に四肢の筋痛・発熱・倦怠感といった全身症状のすべてが消えた。慢性高アルカリフォスファターゼと名づけた病態は、どう考えても腫瘍随伴症候群と思う。
鳥山Dr:ALPは何日後に正常化したのか?
主治医:9/20ごろ。手術後、2500から500になったのが12日後。
森田Dr:おそらくALPの半減期は7~10日。
鳥山Dr:卵巣で産生されていたならすぐに低下すると思う。サイトカインの刺激で肝臓でALPを作っていたのだとすると、比較的遅い下がりになると思う。この場合は比較的遅いのではないか。
森田Dr:その議論には、サイトカインの半減期のほうが遅い、という前提が必要になる。
脇坂Dr:ALPがどこから産生されたかというのと#1をどう名づけるのか、というのは違う。先ほど三島医師が言ったのが本態で、この熱や筋痛やALPの上昇を含んだ病気は腫瘍随伴症候群でよい。どこからALPが出たかはアセスメントで述べればよいと思う。
小田切Dr:この中に何を入れたのかが議論になると思う。ALP上昇・血沈亢進・発熱、同時期の腰痛をこのプロブレムに含ませた。もし卵巣からALPが出ていたとすれば、#1の枠の中に入るものとそうでないものがあったということだが、だからといってこの発熱や筋痛についてすべてを腫瘍に展開するのは違うと思う。#1は腫瘍随伴症候群と展開されるべきと思う。
佐藤Dr(聖隷三方原病院総合診療内科):自分はALPの産生部位が重要と思う。これがCEAが高いというのであれば大腸癌に展開したり、大腸腫瘤に包含したり、となると思うが、肝臓で産生されていた、とすると?
森田Dr:#1はとりあえず腫瘍随伴症候群でいい?
植村Dr(名古屋大学医学部附属病院総合医学教育センター):違う。血中ALP高値が症候を呈するような状況なのか?1つの症候に過ぎないのであれば、原病に展開すればよい。Unknownな症状・remote effectな物まで、1つの病気としてとりあげて腫瘍随伴症候群としていいのか?
小田切Dr:腫瘍については#c 卵巣腫大、で別に挙げていた。#1はそれとは別に全身に起こっていた臨床症状を想定していた。#c→#2 卵巣腫瘍、として、#1は腫瘍随伴症候群としたい。
植村Dr:脇坂医師の指摘が非常にいい指摘で、腫瘍によっておきたもろもろの症候はひとつの疾患として捉える、という立場に立てば、どこがALPの産生部位かにかかわらずそれらを腫瘍随伴症候群と呼ぶ、というのはいいと思う。逆に言えば、腫瘍に伴って起きたことは、どこで起こったとしても腫瘍に展開してしまう、という考え方もありえる。
腫瘍が引き起こすいろいろな症候、因果関係が理解できない、普通では起きない症候をあえて別に立てる必要があるか、ということだ。小田切医師が言いたいのも、どちらで扱うのが適当か、ということであって、どこからALPが出てくるのか、というのとはまた別だと思う。「症候群」というとらえ方を認めるかどうかという観点で議論すればいいと思う。
三島Dr:ステージⅠ期の卵巣癌の患者が、このような全身症状を起こすことがどれくらいあるのか、ということだ。普通はこんなにおこさない。ホジキン病なら起こしうるが、卵巣癌のステージⅠ期としてはatypicalなので、そのことをリストに反映させたほうがいいと思う。
鳥山Dr:ALPがどうなったのかという筋道に沿って考えたほうがいいと思う。ALPが肝臓からならば、腫瘍随伴症候群になると思う。
三澤Dr(聖隷三方原病院総合診療内科):筋道に沿うのは賛成だが、ALPが卵巣か、肝臓か、骨からか、どこ由来なのかはわからない。#1は合併症の域を超えているので別に立てざるを得ない。#1は腫瘍随伴症候群、#2卵巣腫瘍、#1は#2による。
池上Dr:三澤医師の考えでは、もし腫瘍からALPがでていたら、#1を腫瘍に展開でもよい?
三澤Dr:高ALP血症という事態と卵巣腫瘍は、ALPが腫瘍から出るものとしても相当飛躍している。直接#1を腫瘍に展開するのは無理と思う。
植村Dr:この事態は我々が「ALPがどこから出てきて」という既存の議論からは飛躍している事態。腫瘍によるALP産生という、あるかどうかわからないことがきちんとわかったら、私は#1が卵巣腫瘍に展開でいいと思うが今はそうではない。
主治医:ハリソンによると、腫瘍随伴症候群の定義は「良性あるいは悪性の腫瘍に伴って発生する症候群のうち、原発巣あるいは転移巣の腫瘤による影響mass effectや浸潤が直接的には関与していないものを示している。意外に、今考えられていたよりも多くの腫瘍随伴症候群が存在する」とある。
佐藤Dr:もし卵巣からALPが産生されていたとしたら、最初の捉え方が間違っていたということで、腫瘍随伴症候群は不明熱なり筋痛なりを挙げてそこから展開し、#1の高アルカリホスファターゼ血症は#2に包含。たぶんALPは肝臓から出ていたとは思うが。
小田切Dr:佐藤医師の言うとおりと思うが、ALPがどこ由来かは議論してもわからない。
保井Dr(海南病院総合内科):今、議論に出ていることをリスト上に表現すると、次の2とおり。
#1 慢性高アルカリホスファターゼ血症→#3に包含
#2不明熱→腫瘍随伴症候群 
#c 卵巣腫大 → #3 卵巣癌、
もしくは、
#1 慢性高アルカリホスファターゼ血症 → 腫瘍随伴症候群(#2) 
#c 卵巣腫大 → #2 卵巣癌
個人的にはALPは肝臓由来と考えざるをえないと思う。
佐藤Dr:2番目のリストだとALPが肝臓由来という考えを含んでいると思う。
保井Dr:結局ALPはどちら由来と考えるか決めないと、リストは決まらないのでは?
池上Dr:どっちともいえないという場合もあるので、それも考慮にいれて捉えれば自ずとリストは決まるのでは?
森田Dr:保井医師の意見を採用する。ALPが肝臓から出ていると思う方は挙手を。
〜大多数が挙手〜
#1 慢性高アルカリホスファターゼ血症 → 腫瘍随伴症候群(#2)
#c 卵巣腫大 → #2 卵巣腫瘍(未分化胚細胞腫)
保井Dr:#cは腫瘍を念頭においていたわけではなく、あとから腫瘍という大きなことがわかった。小プロブレムで暫定的に立てていた場合は、#cから展開せずいきなり#2 卵巣腫瘍でもいいと思うが、どうだろうか?
植村Dr:それとは別にことだが、このプレゼンテーションの時系列上、卵巣腫大は最初に出てくることなので
#1 卵巣腫大 → 卵巣腫瘍(未分化胚細胞腫)
#2 高アルカリホスファターゼ血症 → 腫瘍随伴症候群(#1)
のほうがいい。
佐藤Dr:植村医師の意見は尤もだと思うが、最初はとるに足らない所見だと思っていた卵巣腫大を、MRI撮影で調べたら卵巣腫瘍だったという道筋がある。#2卵巣腫大でよい。
脇坂Dr:この病歴を読んで、自分も卵巣腫大に関しては取るに足らないことと思った。#1 卵巣腫大と挙げることはできない。
植村Dr:それならば保井医師の言ったように、最初からナンバリングしないでいきなり#2 卵巣腫瘍、でいいのでは?
三澤Dr:主討論者のプロブレムリストに基づけばよい。
#c 卵巣腫大 → #2 卵巣腫瘍(未分化胚細胞腫)   異議なし       <了>

〈内科学研鑽会としてのプロブレムリスト〉
#1 慢性高アルカリフォスファターゼ血症
#c 卵巣腫大 → #2 卵巣腫瘍(未分化胚細胞腫)

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