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総合プロブレム方式の実際 - 総合プロブレム方式におけるプロブレム


総合プロブレム方式の実際

総合プロブレム方式におけるプロブレム

プロブレムリストを作ろう その1

プロブレムリストを作ろう その2

基礎資料を確かめよう その1

基礎資料を確かめよう その2



 「総合プロブレム方式」がそもそも何ものかというと、これは「考え方の様式」です。 様式ですから書いて印刷しておくことが出来ます。印刷された手順に従って空白を埋めて ゆけばよいのです。そういうものなのですが、この考え方を十分に理解して淀みなく空白を 埋めていただくためには、話は1時間では足りません。先年JICAの要請で外国でも 紹介しました。このとき数回の講義に加えて数回にわたって実際症例分析をしました。そ こで本日は総合プロブレム方式の要めとも言うべき「プロブレムとはどういうことか」に 話をしぼらせていただきます。  話に入る前に、ちょっとしたクイズを考えてください。50才の男の患者が背部痛で開 業医へ行きました。採血でGPTもガンマGTPも正常値でしたが血清ALPが1000以上 と高値で、専門へと言ってA科に紹介されました。クイズは、どういう設定でこの事態を 考えるか?です。現実には胆道系酵素上昇の胆道系障害と設定されました。そして、お定 まりのエコー・CTに加えてシンチ・MRCPのエトセトラで胆石と診断されて(何万円 かかったのでしょう?)B科へ回され腹腔鏡下胆嚢切除を受けました。ところが術後ALPは 相変わらず1000以上でした。さて、この時点の設定は? B科は困りました。背中が痛い のでC科へ回しました。ALPのアイソザイムは骨由来だったのです。このときの設定は 転移性骨腫瘍の疑いでしょうか? ところが、MR・骨シンチのエトセトラで骨には 異常がない、とC科は言うのです。こうしてA科へ来てから1年が経過しました。C科は もう設定のしようがなく回すところがありません。患者は総合内科に来ました。 総合内科はすぐに副甲状腺腺腫を見つけました。  この例の過ちは技能手技・検査技術・手術技術の過ちではありません。これは考え方の 過ちです。一連の道中にあらわれた考え方は胆道系障害・転移性骨腫瘍疑いでした。ここ に誤りがあるのです。総合プロブレム方式ではそのようには考えません。この事態を「高 ALP血症」と設定して血清ALPの病態生理学から考えを始めます。この違いが決定的 な差を生みました。胆道系障害は、高ALPとなるごく一部の出来事にすぎません。胆道 系障害と口にしたとたん、他を顧みることのない非常に狭い考え方の虜になってしまった のです。ワンパターンにそのことだけしか考えられないのです。

(診断名・病名 )
 それでは本題に入ります。この「高ALP血症」の事例を頭の片隅に置きながらお聞きください。まずは、日頃始終口にするコトバを舌転してみて下さい。「診断はついたか?」 「診断は何だろう?」「診断がつかなくて困った」「先生、病名は何ですか?」。診断、診断、 病名、病名とひっきりなしに言っていますね。このとき「診断」「病名」というコトバでイ メージされているのは、どういうものでしょうか? 例を引けば、こういうものではないでしょうか? 膵臓ガン・悪性リンパ腫・慢性骨髄炎・原田氏病・解離性大動脈瘤・肺塞 栓・ヒステリー性解離症・帯状疱疹。ですね? これらの名前に到達すると、診断がついたとひと安心しますね。これらが病名、つまり疾患の名です。「診断がついた」とは疾患の 名を探り当てたということです。医学教科書に解説されているのも、こういった名の疾患です。この名前に行き着かないと、「診断がつかない」「病名も分からない」と気を揉むわけです。  さて話はここからです。膵臓ガンは「疾患名」です。教科書は疾患を記述してますね。 膵臓ガン「というもの」の頻度、症状、予後、治療法などを述べています。ところで名と しては同じ膵臓ガンでも、Aさんの膵臓ガンとXさん、Yさんの膵臓ガンでは「その」膵臓ガンはそれぞれに違います。Aさん、Xさん、Yさんの症状も苦痛も所見も何もかも違 っていて同じものではありません。Xさんが死んだらその膵臓ガンも永遠に消滅しますが、 生きているYさんの膵臓ガンはちゃんとありつづけます。このところは大事なところです から、曖昧にしないで欲しいのです。感情情緒的に言っているのではありません。認識的 に言っているのです。名は同じ膵臓ガンでも患者の膵臓ガンは個々に違った膵臓ガンです。 その人の膵臓ガンです。ひとこと膵臓ガンという同じ文字を口にしても、疾患名として言ったときの膵臓ガンとAさんの腹の中にある彼固有の膵臓ガンとでは、膵臓ガンと呼ばれ たものの範疇が違っていることがおわかり頂けるでしょう。 分かりにくければ、くどいかも知れませんが、気分で感じていただけるために日常的な事柄にたとえます。理屈の頭で理解しても身につかないことの中身は逃げて行きますが、 気分ならば何となく残りますから。台風、といえば台風です。台風というものはかくかく なにがしと説明できる代物です。ところで今夜の台風は、この町を停電させ、道路も冠水 させ、帰宅しようにも帰れない、大あらしです。先月にあの町を襲った台風とは別物で、 あの台風はわが家に微塵の損害を与えませんでした。ひとこと台風と言ったとき、台風「と いうもの」である台風と、今夜の台風とでは名指ししている意味が違いますね。 台風なる もの、膵臓ガンなるものは、つまり疾患としてのentity、何と言えばいいか、他の疾患と区 別できる性質を備えた一つの疾患としてまとまりを持った確乎たる観念存在です。その観 念的な存在物を膵臓ガンと名づけたのです。一方、Aさんのガン、Bさんのガンは、つま り今夜の台風、あの夜の台風と同じ意味で、観念がなくてもひとつひとつ実際的にあるも のです。これらのAさん、Bさんのガンは、entityとして名づけた「膵臓ガン」という名札 の観念物の袋の中に入っています。ごく当たり前のことですが、この先に一般化するため に、ともかくもまず心に留めおいて下さい。 先ほどから、さかんに疾患というコトバを使ってきました。辞書をひもどいて、それらしい項を順繰りに見ますと、こうなっています。

*広辞苑(新村出)
  疾患;やまい・病気
  疾病;病気・やまい・疾患
  病気;やまい・疾病
  病;病気。

*角川類語新辞典(大野晋)
  疾病;病
  疾患;病気  

 見ると、堂々巡りの言い換えをしているだけで、どのコトバも区別がないように見受けます。やっと、少しばかり違う中身を見つけました。これを見てください。

*角川国語中辞典(時枝誠記)
  疾患;病気・疾病
  疾病;病気・疾患
  病気;やまい・疾病・疾患
  やまい;病気・疾病・「患い」

 「患い;苦しみ・面倒・迷惑・負担」 「やまい」の項に「患い」が現れました。この辞書では「やまい」は、疾患・疾病には 登場していません。どれだけ明確に意識したのかは知りませんが、この辞書はニュアンス の違いをなんとなく感じているようです。と言ってもニュアンスは患者の症状の方向へ傾 いていて、ものごとの範疇の違いというわけではなさそうです。 じつは医学関係書 からして違う外国単語に同じ訳語で区別がないのだから、一般辞書に区別がない のも当然とうなづけます。

*内科学用語集(日本内科学会編)
  disease;病気、疾病、疾患
  sickness;疾病、疾患
  (illness;項目なし)

  元の英英辞典はと見ると、語の違いは用法を注釈して区別しているだけです。

*Longman dictionary of contemporary English
  illness;really the state, or length of time, of being unwell(usually caused by disease)
  disease;that has a medical name, is related to parts of the body.

 こうして分かることは、先ほどから述べている二つの異なる範疇を区別して言い表すコトバが、そもそもないということです。あれば区別されているはずです。明確なコトバが ないとは、考えが曖昧だということです。
 コトバがなければ仕方がありません。コトバを新たに作らざるを得ません。観念存在物 の袋の名札には「疾患」の名がついていました。「疾患」をそういう意味で使います。糖尿 病も心筋梗塞も「疾患」のひとつです。Longman辞書の気分では、diseaseが「疾患」に 相当するようです。一方、袋の中に入っている患者固有の膵臓ガンを「何」と言ったらい いだろうかと考えます。英語の気分ではillnessのようです。日本語の「病い」「病気」では やわらかくて口語体過ぎます。「疾病」がよいかも知れませんが、よいコトバが見つからな いし造語するのも大変ですから、当たり前に「病気」とでもしておきます。ここが肝腎、「疾患」の大きな袋に個々の患者の「病気」が入っているわけです。

(診断作業)
 話はつづきます。Aさんが患者として来ました。来たからには、何か病気があるはずです。このさいは「膵臓ガン」の名札袋に入る病気があったとでもしておきましょう。とこ ろでこの膵臓ガンであることは後で分かったことで、Aさんが来た当座は分かりませんで した。しばらくしても未だわからなかった。Aさんが今、目の前にいて自分が話をしてい る場面を想像して下さい。分かる分からないにかかわらず、Aさんの病気はそこにありつ づけていますね。この間ずっとAさんは膵臓ガンを持っています。傍らにBさんもCさん もおりますが、この人達も病気を持っています。症状はさまざま、苦痛もさまざまです。 ところで、A.B.Cの3人がそれぞれに病気を持っていて、そしてそれに医師の自分が かかわっているのに、ただ「診断がつかない」からと言って3人の病気を区別もせずにごちゃ混ぜにして、というよりごちゃ混ぜにしたかどうかも分からぬままに、放置しといて よいものでしょうか? そこにあるというのに。別々なのだから、ほっとかないで区別しな ければならないでしょうね。区別するということは違う名前をつけることです。肺の病気 と言っていた頃は、人類は結核もガンも区別がつかなかったのです。区別できるのなら、 Aさんは膵臓ガン、Bさんは脳梗塞、Cさんは急性肺炎というように名で呼ぶことができます。  患者が来ると診断作業に入ります。ともかく病気があるのですから、病気が何かを見つ けなければなりません。つまり診断を求めるわけですが、いつ、いわゆる診断がつくので しょうか(いわゆる、とわざわざ言った意味はのちほど分かります)? すぐにつく場合 は多くはないでしょう。しかし、さきほども申したように、診断がつくまでと言って放っ といてはいけません。ともかくも、ひとまず整理しておかなければなりません。「総合プロ ブレム方式」では、とにもかくにも患者の病気に名前をつけます。名前をつけなければ整 理もできません。診断がついてないのに名前などつけられない、と邪険に扱わないで下さ い。問診し、診察し、過去の資料も調べ、ひとまずの検査もすれば、患者の病気について多少なりとも知ったはずです。今の時点で、その病気を何と呼べばよいかを考えるのです。 何とか名前をつけられるでしょう? 「どうしてかよく分からないが、腹水が溜まってる」 とか「腹痛で七転八倒してる」とか「昏睡で運ばれてきたぞ!」などという会話は始終あ りますね。また、「健康診断で貧血が指摘された」とか「これは心房細動じゃないか」とか、 あるいは「 ALPが高い」なども。患者の病気がまさしくここにあるのだから、この時点 でもっともふさわしい名前を考えるのです。どうやってもこうとしか分からず、こうとなら確かに分かる、ほかに名前をつけようがない名前を患者の病気につけるのです。 たとえ ば、上部消化管出血・胸水・黄疸・急性心呼吸停止などと。あるいは、腹痛・発作性頭痛・ 発熱性発疹などのように。また高ALP血症とも。それが、この時点の患者の病名です。 どう逆立ちしたって、それより他には名づけようもないのですから。

(プロブレム )
 「プロブレム」とは「患者の病気とその呼び名」のことです。プロブレムは病気です。 患者の中に現実にあって、これと指させる病気です。そこで、日常の診療のなかで「プロブレム」がどういう意味を持つかを考えてみます。さあ、患者が来ました。病気があります。その病気の呼び名、つまり「プロブレム」は何だろうか? 診察して、紹介状に目を 通して、前の写真も引っぱり出して、ルーチン検査の結果を手にとっても、多くの場合、 当初は、たとえば「貧血」とか「上腹部痛」などのように「プロブレム」は非特異的な広い名です。病気を「貧血」とは名づけられても、それ以上に特定した病名をつけられませ ん。ところで貧血「というもの」を考えると、その中にはいろいろな貧血があります。小球性の貧血も大球性の貧血もあります。一歩進んで小球性の貧血の中には鉄欠乏性貧血も VB6欠乏性貧血もあります。こうした日常の一連の行為を概括すると、診断作業とは、 患者の病気に、名無しのところから出発し、非特異的な広い名を経て、特定の疾患の名を求めて行くプロセスのことである、とお分かりいただけると思います。そうなると、今日 にいたるまで診断名と言っているものは、「プロブレム」が古典的疾患名の場合にそう言っているだけだと分かります。たとえ古典的疾患名でなくても、「プロブレム」は、じつのところ、その時点の診断名なわけです。  いまいちど全体をくくって考えることにします。「疾患」はentityでした。診断作業全体のプロセスは、患者の病気を時々の時点で「プロブレム」として名札をつけた袋の中に仕分けして入れてゆくことです。入れる袋の名はつぎつぎと「疾患」の名の方向へ移ってゆ きます。逆方向へは向かいませんね。とうとう「プロブレム」が今日疾患の名として呼ん でいる名になったとしましょう。それが「プロブレム」の終点と思えます。しかし、よく 考えてみてください。この名はあくまで今日の終点であって、明日の終点ではないかも知 れません。明日には、さらに先へ一歩すすんだ名が終点となるかも知れません。実際これまでもそうやって次々と終点は先へ先へと変わりました。「肺病」の先に「肺癌」が、さら にその先に「肺腺癌」ができました。「肺炎」の先に「連鎖球菌肺炎」や「レジオネラ肺炎」 が、「白血病」の先に「骨髄性白血病」や「リンパ性白血病」が生まれました。このさき「肺 腺癌」の先で「DNA**細胞肺癌」という名が終点になるかも知れません。こうしてつぎつぎ並べて概観すると、「プロブレム」の名札そのものが、そういうの名のentityであることが分かります。たまたま今日「肺腺癌」が最終のentityとなっているだけです。「貧血」 も「上腹部痛」もまだ広くて非特異的ではあるけれど、プロブレムの名札であるかぎり疾患としての名と言えます。お分かりいただきたいのは、ひとたび「プロブレム」の名とし て書かれたときは、「貧血」は赤血球の数量不足という所見ではなく、その名の病気つまり 病名だということです。「貧血症」と言った方が通じやすいでしょう。プロブレム「高血圧」 は今測定して血圧が高いということではなく、その名の病気「高血圧症」のことです。今 測定した血圧は正常だが、この患者の病気は「高血圧症」であるというように。血糖高値 は所見だが、高血糖症や、その先にある糖尿病は病気の名前です。

(プロブレムの命名)
 こうしたことを踏まえて、先に進みましょう。「プロブレム」は病名でした。つまり、そ の名札の袋には、その名で呼ばれたさまざまな事態が入っています。たとえば「上腹部痛」 の袋には、持続痛も間歇痛も、有熱性腹痛も無熱性腹痛も、下痢ある腹痛も便秘ある腹痛 も、それこそさまざまな事態があります。でも、この袋にある病気は発熱でも下痢でも便 秘でもなく、すべてまさしく「上腹部痛」と名づけられた病気です。またプロブレム「便 秘症」の袋には、急な便秘も慢性の便秘も、腹痛ある便秘も無痛の便秘も入っています。 腹痛ではなく便秘と名づけられた病気が皆入っています。「プロブレム」の名は、注意深く 慎重な配慮のもとに命名されなければなりません。何事によらず出来事には過去・現在・ 未来があります。病気もそうです。病気についてなにがしかの知識を得たからには、名を つけるのですから、呼ぶのにもっともふさわしい命名をしなければなりません。その過去・ 現在を踏まえて、もっとも病気の本性を表現している名で呼ぶのです。プロブレム「上腹 部痛」は「下痢」「発熱」ではなくて、「上腹部痛」こそこの病気を呼ぶにふさわしいとし たことです。もしも、「慢性間歇性上腹部痛」とか「急性発熱性上腹部痛」とか名づけるこ とができたなら、そのほうが「上腹部痛」よりももっと病気の本性に迫っているでしょう。 「プロブレム」は、その名で呼ばれる病気でしたから、「慢性間歇性上腹部痛」のなかには、 急性穿孔性十二指腸潰瘍は入っていません。「慢性間歇性上腹部痛」と患者の病気を呼んだ とたんに急性穿孔性十二指腸潰瘍や急性腸管膜動脈閉塞症は除外されたのです。それらの 鑑別診断作業は無用となりました。「プロブレム」の命名は、たんに観念作業というだけで なく、このように現実実際的な重要な意味を持っています。もっとも真の観念作業は極め て現実的なもので、そうでなくては観念と言えませんが。ここまで来ればもはや言わずも がなですけれど、「プロブレム」が「何々の疑い」と名づけられることはあり得ません。あ なたは何者?に対して、日本人とか小泉純一とか名乗っても、「田中マキの疑」と名乗るこ とはないように。「日本人の疑」とは、この何者かについて今のところ見当をつけている鑑 別の一つに過ぎなくて、何者の現在名ではありません。何者が入っている袋には名札がつ いているはずで、「東洋人」とか「アジア人」とかが書かれているでしょう。「東洋人」「ア ジア人」が「プロブレム」です。「プロブレム」には、病気としての過去・現在・未来があります。さて、いま一人の患 者について考えます。病気が一つだけなら、当然「プロブレム」は単一ですね。複数有れ ばマルチプロブレムです。「プロブレム」が複数とは、もう述べなくてもお分かりなように、 病気がいくつもあるということです。糖尿病・急性心筋梗塞・急性骨髄性白血病とくれば、 三つの病気です。それぞれentityです。慢性下痢症・発作性欠神・発熱性発疹も古典的疾 患名ではありませんが、これもまたentityで、それぞれが病気です。さて、一つ一つその 名で呼ばれる病気なのですから、それぞれに過去・現在・未来があるでしょう。つまり、 各「プロブレム」について、それぞれの過去・現在・未来を記述できるということです。 ごったまぜにできません。10年来の糖尿病と1ヶ月まえからの白血病の歴史は混同され ようもありませんね。その上に突然昨夜から手足が麻痺したら、これらをごちゃ混ぜにし ようにも混ざり合いません。別々に整理して記述でき、記述しなければなりません。総合 プロブレム方式は、「プロブレム」の名の下に別々の記述を求めます。またさらに、森羅万 象は互いに何らかの関係にありますが、「プロブレム」はわずか一人の患者の中に起こった出来事ですから、互いに何らかの関係がないわけがない。関係は考察記述されるべきこと です。ついでながら無関係という関係もあります。

(プロブレムリスト)
 ここで、患者の「プロブレムリスト」についてご説明いたします。「プロブレムリスト」は、その患者の全部の「プロブレム」を書いた一枚の表です。医師の覚え書きでもなけれ ば、保険事務作業の名目でもありません。「プロブレムリスト」には、すべての病気が書か れます。これがあれば患者の病気が一目瞭然に分かります。 医療機関をまたぎ、時間も超えて、どこでもだれでも使えるリストです。この一枚を持ってゆけば、海外にでも100 年先にでも通用します。プロブレムリストはこういうものです。

《プロブレムリスト》
   #1 高血圧症[1998・8・08]
   #2 急性前壁心筋梗塞[1999・9・09] → 治癒<済> [1999・10・10]
   #3 冠動脈狭窄性硬化症[1999・9・10] → 冠動脈狭窄性硬化症(バイパス術後)[1999・10・10]    #4 夜間尿 [2000・11・11] → 前立腺肥大症[2000・12・01]
   #5 潜血陽性便[2001・12・01] → S状結腸癌[2001・12・15]

 リストに書かれる「プロブレム」には番号が与えられます。番号はリストに書かれた順番で与えられます。昨日書いたプロブレムが#1なら、今日書くプロブレムは#2で、明日のは#3になります。よく見かけるのは、そのとき一番重要なものに#1を与える間違いです。「総合プロブレム方式」は、いま申したように、書き入れた順番で番号をつけます。 今入院中の人が今夜、あるいは退院後に、突然脳出血で昏睡したら、あわてて脳出血を#1としてリストを書きかえますか? そうはしません。もし重要性の順番で番号を与えるなら、そのたびごとに毎日でも番号を変更しなければならないし、そうするとこれまでの 番号とのやたらな混同が必発でしょうね。番号はあくまで医師が病気に命名した順番です。 同じ理屈で、今日までにあった「病気」を今日まとめて命名したときに与える番号の順序は病気の発症順です。決して重要性の順番でないことに気をつけてください。さもないと 番号づけの秩序はでたらめになって朝令暮改の低乱です。こうしないと入院・外来、当院・他院を通した筋道がつかないことを納得いただけると思います。診療は継続性がなければなりません。
 また、リストには書き入れた日付を書き入れます。これも大事な注意ですが、「総合プロブレム方式」では「プロブレム」発症の推定日付ではなく、リストに「プロブレム」を登録した日付を書きます。いわば戸籍に登録した日付を入れるようなものです。これを怪訝に思われるかもしれません。でもよくお考えいただきたいのです。リストに記入した日付 は、「プロブレム」が登場した日付、すなわち患者の病気を医師が認識したときの日付です。 医師が認識したが故に、患者の病気は疾患として名を与えられて医学の対象になりました。 医師のアクションのターゲットになったのです。認識されなければ無いに等しいでしょう。当然のことですが、「プロブレム」の名が進展して変更するときには、変更された新しい名を変更の日付とともに登録します。付言しますが、プロブレム発症の日付は過去の事実か ら推測されて、そのプロブレムの考察の中に記述されます。

(病気の範疇)
 もうすこし先まで話をつづけましょう。先程来病気の命名について解説を試みてきまし た。ここで、疾患「というもの」を考察します。ランダムに疾患を並べますから、これを 2つの範疇に分けてみて下さい。急性結膜炎・大腿骨頭骨折・急性呼吸不全・脳腫瘍・慢性心不全・アトピー性皮膚炎・尿毒症・甲状腺機能亢進症。全部疾患名ですね。範疇の違 いが少し分かりにくかったかも知れないので、新たに対比的に並べてみます。ARDS・ 急性呼吸不全。糖尿病性腎症・慢性腎不全。慢性甲状腺炎・甲状腺機能低下症。ウイルス 性心筋炎・急性心不全。こうして並べると範疇の違い、前者が形態病理学的範疇で後者が 機能生理学的範疇であることに気づきます。ともに疾患名です。さて、違う範疇は同一体の中に共存し得ます。物に大きさと重さが同時にあるように、患者には両者が同時に内在しています。たとえば、ある人は急性心筋梗塞の急性心不全で、ある人は急性心筋梗塞だが心不全はない。慢性腎不全が慢性糸球体性腎炎で起こった人もいれば、慢性腎不全が先 天性嚢胞腎である人もいます。ひとりの患者の病気について二つの範疇の診断を同時にし ないといけません。
 よく考えれば、人にとって根本的に重要なのは機能生理学的範疇の事態であることは明白です。腎不全も心不全もなく元気ならば、腎炎だろうが梗塞だろうがどうでもよいことです。腎不全になるから腎炎が困るのです。突き詰めてゆくと、もっとも根本的な機能生理学的範疇は健康か死です。健康であって死にさえしなければ、ガンだろうが脳炎だろう が一向に構いません。ところで、機能生理学的事態はたしかに現実の事態ではあるけれど、 それをもたらした形態病理学的疾患を特定してはいません。「昏睡」といっても、原因となった形態病理学的疾患はさまざまにあります。いわば起こった犯罪を理解しても、まだ犯人を名指していないのと同じです。つまりは、最重要な機能生理学的範疇の犯罪事態をコントロールする目的のために形態病理学的範疇の犯人疾患を正確に知ろうとしているわけです。したがって「プロブレム」の名は、絶えず形態病理学的範疇の名を求める方向を向かって進みます。たとえば、機能生理学的範疇の名「低ナトリウム血症」では、副腎不全・ SIADH・心因性強迫多飲症・塩類喪失性腎炎のいずれかを特定しなければなりません。予 後も治療法もいっさい違うからです。「急性呼吸不全」のままで終わっていてはいけません。 ウイルス肺炎か、ARDSか、薬剤中毒かで、全く違います。

(主治医という機能)
 ようやく話しも終わりに近づきました。「プロブレムリスト」も書かれました。各「プロブレム」も次々と適切な名に更新されています。さて、誰がこの患者の主治医でしょうか?  主治医とは医師の専門とは別のことで、専門の如何にかかわらず、次の機能を営む医師の ことをいいます。専門の如何にかかわらず、営まなければ主治医ではありません。患者の位置に立って想像すればよく分かります。

1 プロブレムリストを作成する。
 患者のプロブレムは多義にわたります。疾患の担当者としてなら関わるプロブレムだけを承知していれば済みますが、患者の担当者なら、ひろくすべてのプロブレムを承知して いる必要があります。

2 プロブレムリストを管理する。つまりは患者の診療担当責任者。
  そして、それらの互いに関わり合いを理解し、プロブレムの進捗を掌握していなければ なりません。

3 現時点の最大プロブレムを直接担当し、一過性・軽度・小プロブレムを引き受ける。
 例を引きます。全身性紅斑性エリテマトーデスで主治医であったときイレウスで緊急手術した場合に、主治医を外科医に変更し免疫学的管理についても外科医が担当するのか、 内科医が主治医としてとどまり手術技術とそれに関わる管理を外科医に委ねるか、は重要な問題です。また冠状動脈狭窄性硬化症のカテ処置観察中に全身性リンパ腺腫脹症が発症した場合など、全体的事態を管理できる主治医とカテ処置担当医との役割を明確にする診 療体制をしかなければ患者は中空に放り出されます。最重要なプロブレムを引き受けて主治医であるなら、頻発する一時的な出来事も引き受けます。

4 一般基本的事態を管理する。つまり栄養・睡眠・便通・心理を支える。
 主治医ならば、こういった基本的な問題に責任をもって対処します。栄養などは重大事項で、患者の摂取エネルギーなどに無縁な態度をとることはできません。これらは医師に かかわる医学的能力で解決される課題ですが、たったひとつ困難なことは患者の心理問題 です。次項5にも関わることですが、自分の心や私的な事柄を、主治医が代わったからと 言って、右から左へと簡単にうち明け相談できるようには人間はできていません。簡単にできると言うのなら、患者が底が浅い人か、医師が浅くしか関わることができないかの いずれかと思われます。

5 一般的基本社会事態、つまり家族、財政、仕事に配慮し助言する。
 前項4で述べました。主治医は全部の掌握者です。ケースワーカー等はある部分の技術的補助をいたします。

 こんにちしばしば、主治医が不在で患者自身や家族が主治医の真似事をしていたり、主 治医機能が分断されて無統制であったりしています。主治医機能は単に技能や知識に頼る だけではなく、力がないと営めないレベルのものですが、後代の若者が気概を持って挑み、 総合プロブレム方式を道具として主治医たる医学力を獲得して欲しいと念じていることをお伝えして、本日の締めくくりにさせていただきます。

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