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総合プロブレム方式の実際 - プロブレムリストを作ろう その1


総合プロブレム方式の実際

総合プロブレム方式におけるプロブレム

プロブレムリストを作ろう その1

プロブレムリストを作ろう その2

基礎資料を確かめよう その1

基礎資料を確かめよう その2



後輩:プロブレムがうまくたてられないけど、たてかたが今ひとつしっくりしません。

先輩:そのようだね。君のリストのプロブレムはプロブレムになっていない。リストを言ってごらんなさい。

後輩:#1 発熱
   #2 血糖高値
   #3 背部の鈍痛
   #4 食欲不振
   #5 左膝の関節痛
   #6 CRP高値
   #7 検尿異常

先輩:このプロブレムは、どう考えてたてたのか披瀝してください。

後輩:患者がいろいろ症状を訴えるし、検査所見でも異常値があるから、一つ一つ考えようとしてたてました。

先輩:つまり、これは君が勉強して調べものをするためのリストだね。

後輩:そうですね。

先輩:これらは患者の疾患だろうか?

後輩:明らかに異常なことだから、そう思います。

先輩:番号は何を意味している?

後輩:・・・・・・。

先輩:単にふってみただけなのかな? プロブレムは患者の疾患だよ。

後輩:そういわれても・・。一つ一つ異常だから・・。

先輩:このプロブレムは一つ一つ別の疾患なのかな?

後輩:・・・・・・。

先輩:大事なことだが一つのプロブレムは一つの疾患だよ。君のリストだと、患者には7個の疾患があることになる。

後輩:はい。

先輩:つまり、発熱した疾患はCRPを異常値にした疾患とは別物だと君は言っている。 そうなのか?

後輩:いや、違う気もするし、同じかもしれないとも思います。

先輩:落ち着いて考えてご覧なさい。病歴を見直し、所見を見直して。発症の時期、経過、ともに現れたまとまり、に加えて、疾患の臨床像を病態生理学的に考えて、いくつの疾患があるかをまとめてみなさい。

後輩:少し考えさせてください。

先輩:明日までに考えてくればいいよ。

後輩:まとめました。でも、病歴も診察もし直さないとできませんでした。

先輩:し直しただけでできるとは大したものです。それで? リストを書いてください。

後輩:#1 発熱
   #2 血糖高値
   #3 背部の鈍痛
   #4 左膝の関節痛
   #5 検尿異常

先輩:それでは、どう考えたかを話してください。

後輩:発熱は1週間前から始まりました。CRPは炎症反応だから発熱と同じ疾患だと思います。食欲もそれにつれてへったから、別の疾患ではありません。これらは全部ひとつにまとめました。

先輩:その疾患の番号は?

後輩:#1です。

先輩:では、その疾患は発熱し食欲がなくなりCRPを異常にしたがそれ以外は無症状の病気だということだね。

後輩:・・・・・・。 同じ時期に背部痛もあるのですが・・。

先輩:でも、それは別の疾患だと考えたのだね。

後輩:いや、そういうわけではありませんが・・。

先輩:でも番号は別だよ。

後輩:そうですね。別かも知れない。

先輩:同じか別か、この際決めなさい。

後輩:どちらも可能性があります。

先輩:可能性は何だってある。この時点では、同じとするか別物とするか一旦は決めよう。

後輩:別として考えます。

先輩:では、#3背部の鈍痛、を記述してください。一つの疾患なのだから、この疾患の過去から現在を述べることができるだろう。

後輩:・・・・・・。

先輩:この疾患はいつ発症した? どんな経過をたどって今はどうなっている?

後輩:#1発熱と同じ日です。今も痛みがあります。

先輩:それだけでは記述したことにならないね。いったいこの背部痛はどんな痛みですか?

後輩:鈍痛です。

先輩:それで?

後輩:・・・・・・。

先輩:片側?両側?右?左?

後輩:右の片側です。

先輩:痛みの性状は?

後輩:・・・・・・。

先輩:持続痛?間歇痛? コトバで表すとどんな痛み? ジーン?ドーン?ズキズキ?キリキリ?割れるような? ち切れるような?焼けるような?

後輩:・・・・・・。

先輩:体を動かすと痛みがひびくの? ひびかないの? 夜中は眠れる? 痛みで寝られない? 今日までの5日間、その痛みはどう変化した?

後輩:・・・・・・。分かりません。

先輩:痛いのはその部位だけ? 足や股に走らない?

後輩:・・・・・・。分かりません。

先輩:この疾患を知るために、これらを知る必要があるね。さもないと何も分からない。

後輩:はい。もう一度診察してきます。

後輩:背部痛は右側で奥の方でドーンとする感じの痛みです。足や股には放散しません。体を動かしても痛みは増強しません。持続痛ですが熱がでると増強します。夜や仰臥位で増強はしませんが、昨夜は痛くて不眠でした。身体所見では第1−3腰椎の高さの右側に自発痛があり、そこを叩打すると痛みがひびきます。左側には叩打痛はありません。椎体棘突起に圧痛叩打痛はありません。皮膚に知覚異常はありません。神経の運動系も正常です。

先輩:この背部痛のカテゴリーを言えますか?

後輩:疝痛ではありません。神経痛でもありません。骨痛でもないと思います。

先輩:疝痛とはたんに痛みの性質を言っただけではなく痛みの発生メカニズムをはらんで言っているのですが、その点誤解はありませんね?

後輩:はい、分かってます。

先輩:この痛みは何ですか?

後輩;しいて言えば膜の痛みか内臓痛といったものです。

先輩:そのようですね。そういう疼痛をもたらした疾患があり、#3ですね。 #1、#2、#4,#5についても記述できますか?

後輩:もう一度はじめから診察し直し写真も見直し、すこし教科書を読んで勉強しないとできそうにありません。

先輩:そうしてください。今夜は徹夜ですね。夜中に患者を起こしてはいけないよ。

後輩:#1を言います。1週前に特に誘因もなく午後に熱感がありました。測ると38.2度です。その夜戦慄がありました。そのあとじきに汗をかいて37.4度に解熱しました。そういうことが毎日続いています。ほかには左膝関節痛のほかには関節痛とか筋肉痛などはありません。市販の解熱剤を服用したがパターンはかわらない。診察しても胸腹部に異常所見は認めません。

先輩:なるほど。この発熱疾患のカテゴリーは分かりますか?

後輩:感染症か、免疫異常症か、腫瘍ですが・・。

先輩:それで?

後輩:腫瘍ではないようですが・・。

先輩:どうして?

後輩:X線でも身体所見でも腫瘤がありません。

先輩:血液学ではどうですか?

後輩:白血球のうち好中球が増加しています。

先輩:それは#何のなかにありますか?

後輩:#1か#4と思いますが・・。

先輩:好中球に左方移動はありますか? 核に? 細胞質に?

後輩:桿状核が多くて細胞質に中毒性顆粒があるから左方移動しています。

先輩:#1を離れて#4についてですが、いつから始まったのですか?

後輩:5年まえからときどき痛くなり歩きづらい事もあります。少し腫れて水を抜いてもらったこともあるそうです。

先輩:それで今は?

後輩:発熱と同時にまた少し痛くなりました。赤く腫れてはいません。パテラタンツ(Ballottement)はないと思います。

先輩:その所見は自信がありますか?

後輩:自信はありませんが・・。

先輩:5年ほど前からときどきある片側の膝関節の疾患で今は赤く腫れていずパテラタンツもないとしたら、白血球増加はこの疾患のためでしょうか?

後輩:違うと思います。すると白血球増加は#1ですね。

先輩:ひるがえって、間欠的に膝関節痛をもたらした疾患が今再燃してあるいは増悪して発熱したと考えますか?

後輩:いいえ。

先輩:そうだとすると、膝の関節痛を発熱と別疾患とした、つまり別プロブレムとした理解は正しそうですね。すると、#1は、好中球を左方移動させCRPを増加させる、戦慄をともなう急性発熱疾患ですね。まっさきにどのカテゴリーを考えますか?

後輩:感染症です。

先輩:腫瘍や免疫病は?

後輩:あまりに所見に乏しいと思います。

先輩:感染症ならつぎに考えることは侵害された臓器システム、つまり肺炎とか肝炎とかリンパ腺炎とか、と原因微生物です。

後輩:侵害された臓器システムをあきらかに示唆する兆候はありません。易感染性のある免疫不全はなさそうなので、原因微生物はウイルスか細菌を考えます。

先輩:#5の検尿異常という命名はあいまいです。具体的な名でこの疾患を呼んでください。

後輩:蛋白が+−糖は2+潜血2+、沈査で赤血球10−20、白血球2+です。

先輩:名は?

後輩:・・・・・・。

先輩:いま述べたのは検尿所見ですね。ところで#5としたからにはひとつの疾患です。この異常所見を呈した疾患を考えてください。この所見しか手がかりがないとしたら、何と名付けますか?

後輩:白血球尿です。

先輩:どのような疾患を考えますか?

後輩:尿路感染症です。でも尿意の促迫もないし・・。

先輩:尿意の促迫はどの部位の異常だろうか?

後輩:膀胱の・・、三角部?

先輩:そこが侵されていない炎症なら促迫はないのでは? 

後輩:はい。すると上部の尿路感染症が可能ですね。

先輩:さきほど#1を感染症としてその侵害臓器システムを探していたのではなかったかな?

後輩:#1と#5は一緒になって上部尿路感染症か・・。

先輩:#1発熱の特徴をまとめたが、それは上部尿路感染症で矛盾しないだろうか?

後輩:しません。

先輩:そうだとすると原因微生物は何だろうか?

後輩:細菌、たぶん腸内細菌です。

先輩:この感染症は急性?亜急性?それとも慢性?

後輩:急性です。

先輩:すると急性上部尿路感染症ですね。これと同時に起こった疾患、#3背部の鈍痛は別疾患だろうか? さきほどその性質を検討しましたね?

後輩:急性腎盂腎炎でも説明できます。

先輩:発熱も背部鈍痛も白血球尿も全部一つの疾患にまとまらないか?

後輩:できます。急性腎盂腎炎です。戦慄は菌血症です。

先輩:つぎに#2を検討しましょう。血糖高値といいましたが、値は?

後輩:来院時280です。

先輩:なるほど。どういう条件下ですか?

後輩:ジュースだけの朝食後4時間です。

先輩:ブドウ糖補液は?

後輩:何もしていません。

先輩:血糖高値とは所見ですが、これが疾患だとするとよい適切な名はありませんか?

後輩:・・・・・・。

先輩:高血糖症では?

後輩:はい。それがいいです。

先輩:そう呼べば疾患の名たり得ますね。血糖高値ではたんに所見ですから、急峻に多量のブドウ糖を注射して測定しても血糖高値の所見になりますからね。疾患の名ではありません。ところで、高血糖症はいつから始まったのでしょうか?

後輩:3年前検診で尿糖を指摘されたことがあります。

先輩:それで?

後輩:おそらくその頃には始まっていたと思います。

先輩:糖尿病ですか?

後輩:ブドウ糖負荷試験をしないと・・。

先輩:分かりませんか? もし糖尿病ならこの時期インスリンの投与を考えなくてもいいですか?

後輩:考えます。

先輩:それなら、もっと簡便に分かりませんか?

後輩:・・・・・・。

先輩:グリコヘモグロビンをみれば過去の血糖状態が即座に知り得ます。

後輩:そうですね。

先輩:プロブレム命名の話が出たところで前にもどりますが、#4左膝の関節痛は左膝と疾患の名を特定する意味があるでしょうか? つまり、これが右だと別の疾患である可能性をはらんでいますか?

後輩:いません。

先輩:ならば左は省いて、#4膝関節痛とすべきです。そしてこの名の疾患をさらに詰めて鑑別して考えるのです。

後輩:はい。

先輩:さて、君が最初にあげたプロブレムリストはずいぶん様変わりしましたね。いくつかはまとめて一つのプロブレムになったと思います。この患者にあるプロブレムをまとめてください。

後輩:急性腎盂腎炎、高血糖症、膝関節痛です。

先輩:これらを、それが始まったと考える順番で番号をつけてください。順番はだいじなことです。もし明日あらたな疾患が始まれば、一番新しい番号になりますからね。

後輩:#1膝関節痛
   #2高血糖症
   #3急性腎盂炎

先輩:やっとまともなプロブレムリストができあがりました。ついでながら#1は変形性膝関節症ですよ、きっと。

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